プロジェクトファイナンスにおける専門アドバイザーの役割と成果物

プロジェクトファイナンス

前回までの記事で、プロジェクトファイナンスの基本的な枠組みと主要な契約類型について解説しました。しかし、これらの複雑なストラクチャーやリスク分析を、スポンサーやレンダーだけで完遂することは現実的ではありません。

そこで登場するのが、各分野の専門家である「アドバイザー」です。彼らは、プロジェクトに潜むリスクを特定・評価し、レンダーが安心して巨額の資金を投じられる「バンカブル(融資適格)」な案件へと磨き上げる、まさに”陰の立役者”です。

今回は、プロジェクトの成功に不可欠なアドバイザーの中でも、特に重要な①リーガルアドバイザー、②独立エンジニア、③保険アドバイザーの3者が、具体的にどのような役割を担い、我々事業者が実務で目にすることになる「成果物」に焦点を当てて、深掘りしていきます。


1. プロジェクトの設計図を描く法律家:リーガルアドバイザーの役割

リーガルアドバイザーは、プロジェクトファイナンスの根幹をなす「契約の網(コントラクチュアル・ネットワーク)」を構築し、プロジェクトのバンカビリティを法的に担保する中心的な役割を担います。レンダー側、スポンサー(プロジェクト会社)側それぞれに選任されるのが一般的です。

主な役割と業務フェーズ

リーガルアドバイザーの業務は、プロジェクトの検討段階から完了後まで、複数のフェーズにわたって行われます。

フェーズ主な活動内容
1. スポンサーグループの形成・プロジェクト会社(SPC)の設立、定款作成
・スポンサー間の役割や権利関係を定める株主間契約等の交渉・作成
2. プロジェクトの産業的発展・各種プロジェクト契約(EPC、O&M、PPA等)の作成・レビュー
・レンダーへの提出に向けたデューデリジェンス報告書の作成
・各種法的論点に関する意見書(リーガルオピニオン)の作成
3. ファイナンス組成・融資タームシートの交渉
・融資契約書、担保契約書等のファイナンス関連文書の作成・交渉
・レンダー間の権利関係を定める債権者間協定の作成
4. ファイナンス期間中の維持管理・契約変更(アメンド)や権利放棄(ウェイバー)への対応
・契約上の問題発生時の法的アドバイス

主要な成果物(アウトプット)

我々事業者がリーガルアドバイザーの業務に触れる際、特に重要となるのが以下の成果物です。

  • デューデリジェンス報告書(Due Diligence Report):
    レンダー側の弁護士が作成する、プロジェクトの法的リスクを網羅的に分析・評価した報告書です。許認可の取得状況、各プロジェクト契約に潜むリスク、プロジェクト会社の法人格としての適格性などを精査します。これは、レンダーが融資判断を下す上で最も拠り所にする文書の一つであり、我々事業者側もその内容を正確に理解しておくことが極めて重要です。
  • タームシート(Term Sheet):
    融資の主要な条件(金額、金利、返済期間、担保、主要なコベナンツ等)をまとめた概要書です。分厚い融資契約書をドラフトする前段階で、レンダーとスポンサー間の基本的な商業的・法的合意内容を本書面で固めます。
  • ファイナンス関連文書一式:
    • 融資契約書(Credit Agreement): 融資の実行条件、表明保証、誓約事項(コベナンツ)、期限の利益喪失事由など、ファイナンスの根幹を成すすべてのルールを定めた契約書です。
    • 担保関連契約書(Security Documents): プロジェクト資産(不動産、契約上の権利、預金、株式等)に対する担保権を設定するための一連の契約書群です。
    • 直接協定(Direct Agreements): プロジェクトに重大な問題が発生した際に、レンダーが事業に直接介入(ステップイン)する権利などを確保するため、レンダーがEPC業者や電力会社(オフテイカー)などと直接締結する重要な契約です。
  • 法的意見書(Legal Opinions):
    各契約の法的有効性や、担保権が法的に有効に成立していることなどについて、弁護士がその適法性を「保証」するために提出する意見書です。これがなければ融資は実行されない、極めて重要な前提条件の一つです。

2. レンダーの目となる技術の番人:独立エンジニアの役割

独立エンジニア(Independent Engineer)は、レンダーのために、プロジェクトの技術的側面を評価し、その実現可能性やリスクを専門的かつ中立的な立場で検証する役割を担います。スポンサーやEPC業者が提示する建設計画や発電量シミュレーション、操業計画が技術的に妥当であるか、レンダーが判断するための「目利き役」です。

主な役割と業務フェーズ

独立エンジニアの業務は、プロジェクトのライフサイクルに合わせて4つの主要なフェーズに分かれており、各フェーズでレンダーに対して詳細な報告を行います。

フェーズ1:初期デューデリジェンス報告

融資検討の初期段階で、プロジェクト全体の技術的な実現可能性を評価します。

表:初期デューデリジェンス・フェーズの概要

フェーズ独立エンジニアの活動内容必要な主要文書成果物
初期デューデリジェンス・プロジェクトの技術的側面の批判的分析
・事業性、保険内容の分析
・事業化調査報告書、財務計画案
・基本設計、市場分析
・インフォメーション・メモランダム
・各種契約書、許認可等
初期デューデリジェンス報告書

フェーズ2:プロジェクト実現のモニタリング(建設段階)

融資実行後、建設工事が計画通りに進捗しているかをレンダーに代わって監視・認証します。

表:工事進捗モニタリングの概要

フェーズ独立エンジニアの活動内容必要な主要文書成果物
工事進捗モニタリング・工事進捗が計画通りか確認
・調達活動の確認
・EPC契約書、詳細設計図
・工事進捗報告書
・工程表、安全計画、品質管理計画
進捗モニタリング報告書

表:進捗証明書発行の概要

フェーズ独立エンジニアの活動内容必要な主要文書成果物
進捗証明書の発行・工事の出来高を確認
・コストがEPC契約と整合しているか確認
・契約書、図面
・工事台帳、出来高調書
・現場代理人による進捗報告書
工事出来高証明書

表:機械的完工認証の概要

フェーズ独立エンジニアの活動内容必要な主要文書成果物
機械的完工の認証・工事が完了したことをサンプルチェック
・現場代理人の証明の正確性を確認
・契約書、工事台帳
・全ての進捗報告書
・全ての実行証明書
機械的完工証明書

フェーズ3:プラント検収支援

建設された発電所が、契約で定められた性能(発電量など)を発揮できるかを確認する、プロジェクトの成否を分ける重要なフェーズです。

表:PAC(仮検収証明書)認証の概要

フェーズ独立エンジニアの活動内容必要な主要文書成果物
PAC(仮検収証明書)の認証・検収試験への立会い
・採用された試験基準の分析
・第三者機関発行の証明書のレビュー
・EPC契約書、運転・保守マニュアル
・安全計画、許認可
・試運転・性能試験の計画書
仮検収証明書の妥当性に関する報告書

表:試験期間モニタリングの概要

フェーズ独立エンジニアの活動内容必要な主要文書成果物
試験期間のモニタリング・プラントの定期的査察
・O&M業者による保守報告書のレビュー
・安全対策の適用状況の確認
・竣工図、運転・保守マニュアル
・保守履歴、操業データ
・原材料消費・生産量等の会計記録
定期的モニタリング報告書
保守活動の適正性に関する表明

表:FAC(最終検収証明書)認証の概要

フェーズ独立エンジニアの活動内容必要な主要文書成果物
FAC(最終検収証明書)の認証・プラントの最終試験への立会い
・試験期間中の報告書の分析
・EPC契約書、運転・保守マニュアル
・保守履歴、操業データ
・原材料消費・生産量等の会計記録
建設契約で定められた基準が完全に遵守されたことの証明

フェーズ4:操業管理モニタリング

発電所が商業運転を開始した後も、長期にわたりその運営状況を監視し、レンダーに報告します。

表:操業管理モニタリングの概要

フェーズ独立エンジニアの活動内容必要な主要文書成果物
操業管理モニタリング・プラントの定期的チェック
・資材・予備品倉庫の管理状況の確認
・安全装置・設備の有効性の定期的チェック
・竣工図、運転・保守マニュアル
・保守履歴、操業データ
・倉庫台帳、原材料消費・生産量等の会計記録
定期的モニタリング報告書

3. 見えざるリスクをヘッジする戦略家:保険アドバイザーの役割

プロジェクトに内在するリスクのうち、契約によって当事者間で分担しきれないリスク(例:大規模な自然災害)をヘッジするため、保険プログラムを設計・組成する役割を担います。保険は単なる追加措置ではなく、セキュリティ・パッケージの重要な一部として、プロジェクトのバンカビリティを大きく左右します。

主な役割と業務内容

  • リスクの保険化可能性の分析: 特定されたプロジェクトリスク(技術、政治、不可抗力等)が、保険市場でどの程度の条件(保険料、補償範囲)で引き受け可能かを分析します。
  • 保険プログラムの設計と組成:
    • 建設期間中と操業期間中の両フェーズをカバーする最適な保険ポートフォリオを設計します。
    • レンダーの要求(保険金受取人としての指定、保険契約の変更・解除の制限等)を反映させ、保険会社と交渉します。
  • 保険会社の格付け評価: 保険金支払能力を担保するため、保険会社・再保険会社の財務健全性(格付け)を評価します。

主要な成果物

  • 予備的保険報告書(Preliminary Insurance Report):
    プロジェクトの主要リスクに対する保険戦略の概要、保険化可能なリスクと不可能なリスクの特定、概算保険料などをまとめた報告書です。
  • 最終保険報告書(Final Insurance Report):
    実際に手配された保険証券が、融資契約で要求される条件を全て満たしていることを証明する最終報告書です。融資実行の前提条件となります。

■ プロジェクトファイナンスで利用される主な保険商品

  • 建設期間中の保険:
    • 組立保険(All Assembly Risks Policy): 工事中の事故による物的損害を補償。
    • 開業遅延保険(Delay in Start-Up): 建設遅延による逸失利益や固定費を補償。
    • 賠償責任保険: 工事中に第三者に与えた損害に対する賠償責任を補償。
  • 操業期間中の保険:
    • 財物保険(All Risks – Material Damage): 操業中のプラントの物的損害を補償。太陽光パネルの破損や盗難などが該当します。
    • 利益保険(Business Interruption): 事故による操業停止に伴う逸失利益を補償。発電停止による売電収入の逸失などが該当します。
    • 賠償責任保険: 操業に起因する第三者への賠償責任を補償。
  • 特殊なリスクに対する保険:
    • 政治的リスク保険: 収用、通貨交換・送金停止、戦争・内乱などのリスクを補償。
    • 信用補完(Credit Enhancement): モノライン保険会社などが提供。債務の元利金支払いを保証し、プロジェクトの信用力を高めます。
  • 保証(Bonding):
    銀行保証に代わるものとして、EPC業者などが契約上の義務(性能保証など)を履行することを保証する保険商品。

まとめ

ここまで見てきたように、プロジェクトファイナンスの組成は、決してスポンサーとレンダーだけで完結するものではありません。法律、技術、保険の各分野の専門家であるアドバイザーたちが、それぞれの知見を結集し、プロジェクトを多角的に分析・評価・構築することで、初めてレンダーが安心して巨額の資金を投じられる「バンカブル」な案件が生まれるのです。

これらのアドバイザーの活用は、初期コストの増大を意味しますが、長期にわたるプロジェクトのリスクを適切に管理し、その成功確率を最大化するためには不可欠な投資と言えるでしょう。我々事業者がプロジェクトファイナンスの組成を目指す上で、彼ら専門家の役割とアウトプットを深く理解することは、交渉を円滑に進め、より良い条件での資金調達を実現するための第一歩となります。

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