【第6回】プロジェクトファイナンスの実務と展望 – プロセス、事例、動向

プロジェクトファイナンス

これまでの回でプロジェクトファイナンスの仕組みや契約について詳しく見てきました。最終回となる今回は、実際のファイナンス検討プロセス、具体的な事例、そして近年の動向と今後の展望について解説します。

ファイナンス検討プロセスとスケジュール

プロジェクトファイナンスの組成は、案件の規模や複雑さによって期間が異なりますが、一般的には複数のフェーズを経て進められます。国内の火力発電案件では、本格検討から約6ヶ月でクローズするケースもありますが、案件規模やストラクチャー、デューディリジェンスの進捗により、通常はもっと長期間を要します。

想定スケジュール(フェーズ例)

  • Phase 1: FA選定 ▼ プロジェクトストラクチャーの検討
    • スケジュール検討・策定
    • ファイナンス組成に向けた課題抽出、リスクアロケーション、低減策の提案
    • プロジェクトストラクチャー・ファイナンスストラクチャー案の策定
  • Phase 2: MLA選定 ▼ デューディリジェンス(DD)・ファイナンスストラクチャーの検討
    • キャッシュフローモデルの作成
    • 主要プロジェクト関連契約の条件レビュー、契約書案の確認および各当事者との協議支援
    • ファイナンスタームシート案の策定
    • DD資料、インフォメーションメモランダム(IM)の作成
    • 金利ヘッジストラテジーの策定・提案
  • Phase 3: シンジケーション・融資契約調印 ▼
    • 各金融機関から関心表明書等を取得
    • ドキュメンテーション交渉支援
    • レンダー側の追加DD対応
    • クロージング作業

アドバイザーの役割と選定

プロジェクトファイナンスの組成やデューディリジェンスにおいては、各分野の専門家による協力が不可欠です。スポンサー側とレンダー側の双方で起用されるアドバイザーを選定します。以下は実績のある、あるいは起用可能なアドバイザー候補です。保険コンサルタントや財務・会計コンサルタントなど、一部のアドバイザーはスポンサーとレンダーが同一の専門家を共有することもあります。起用にあたっては、情報管理体制の確認および守秘義務契約の締結によって情報保護を徹底します。なお、起用に伴う費用も予算に含めて検討が必要です。

アドバイザー種類アドバイザー候補例スコープ・選定ポイントスポンサーレンダー
弁護士・アンダーソン・毛利・友常法律事務所
・ベーカー&マッケンジー法律事務所
・西村あさひ法律事務所
・長島・大野・常松法律事務所
・森・濱田松本法律事務所
・リーガルレビュー・契約書作成
・事務所だけでなく担当弁護士自身の国内プロジェクトファイナンス案件(特に火力発電案件)での実績が重要
技術コンサルタント・東電設計
・テクノ中部
・西日本技術開発
・Mott MacDonald
・Black & Veatch
・DNV GL
・PJストラクチャーの検証、採用技術・実績の確認、運営保守・メンテナンス体制の確認
・プロジェクトファイナンス関連の技術DD経験が豊富な国内外コンサルタントが有力候補
Δ
技術コンサルタント(再エネ発電量予測)・イー・アンド・イーソリューションズ
・伊藤忠テクノソリューションズ
・DNV GL
・太陽光・風力発電の発電量予測において実績豊富な国内外コンサルタントが有力候補
税務・会計コンサルタント・東京共同会計事務所
・青山綜合会計事務所
・PwC
・E&Y
・KPMG
・Deloitte
・会計方針や税制とCFモデルの整合性チェック
・国内のプロジェクトファイナンス実績が豊富で、会計・税制に精通したコンサルタントが候補
Δ
保険コンサルタント・共立インシュアランス・ブローカーズ
・MSTリスクコンサルティング
・マーシュ ブローカー ジャパン
・建設期間中および運営期間中の必要保険内容を精査
PML評価機関・東京海上日動リスクコンサルティング
・応用アール・エム・エス
・インターリスク総研
・SOMPOリスケアマネジメント
・地震や津波、噴火などの自然災害リスク(PML)の評価Δ
環境コンサルタント・イー・アンド・イーソリューションズ
・日本エヌ・ユー・エス
・環境法規制、周辺住民配慮、赤道原則への対応状況の確認
・国内外の火力発電向けDD経験が豊富なコンサルタントが候補
A
マーケットコンサルタント・三菱総合研究所
・野村総合研究所
・日本エネルギー経済研究所
・電力中央研究所
・市場の需要・価格見通しを分析し、事業の競争力を確認
・政策議論に関与しているコンサルタントが有力候補
Δ

(凡例:○:要、△:必要に応じて、×:不要)
(スポンサー・レンダーの要否は原文の記号を記載)

ケーススタディ

具体的なプロジェクトファイナンスの事例を見てみましょう。案件名や事業者名はすべて伏せております。

① あるバイオマス発電案件

本案件は、バイオマス専焼火力発電へのプロジェクトファイナンスです。輸入材バイオマスを用いるため、為替リスクを含むさまざまな事業リスクを整理し、最終的にファイナンス組成が完了しました。

【ご参考】バイオマス発電事業における固有の留意事項

  • 燃料供給リスク
  • バイオマス資源が「長期間」「価格変動なく」「必要な量を」「適切なタイミングで」調達できるかが、事業成功のKey Factor。
  • 原料供給リスクをSPCに負わせない構造とし、原料の生産者・供給者・スポンサーのいずれかへリスクを配分。必要に応じてスポンサーサポート条項を設定し、リスク発生時に追加的な資金や協力を得られるようにする。
  • 万一燃料調達が困難になった場合に代替燃料を使用可能なプラント設計を検討し、事業継続性を確保。
  • 操業・技術リスク
  • 実際の燃料特性とプラント設計時に想定した燃料特性が異なるケースがあり、設備や運転上のトラブルが生じやすい。
  • 発電稼働率が想定を下回るケースも多く、稼働シナリオの精度向上やO&M体制の強化が必要。
  • 技術コンサルタントを通じた設計・施工・O&Mの総合評価を行い、信頼性の高い技術パートナーを選定することが肝要。

② ある太陽光発電案件

FIT認定を取得している開発業者が出資パートナーを探していた案件です。FAが事業化のサポートを行い、投資実績が豊富な投資家をスポンサーとして招へい。さらに、外部アセットマネージャーが事業運営を担う構造としました。プロジェクトはGK-TKスキームを採用し、単独MLAによってバンカブルなストラクチャーが組成されました。

事例概要(イメージ)

  • プロジェクト形態: 太陽光発電所(FIT認定付き)
  • スキーム例:
  • SPCは合同会社(GK)形態を採用し、匿名組合(TK)によるエクイティ出資を受ける。
  • 複数の機関投資家が匿名組合出資でエクイティを拠出。
  • アセットマネージャー:
  • 外部専門会社が資産管理と運営を担当。
  • 組成ポイント:
  • 単独MLAとして、CFモデルの精緻化、主要契約のリスク分析、シニアローン・劣後ローンバランスの最適化を実施。
  • プロジェクトファイナンスに適したWF(ウォーターフォール)設定と財務制限条項(DSCRテスト等)を組み込んだローン契約を締結。

③ ある陸上風力発電案件

地元行を含む複数行による協調融資で組成された陸上風力発電のプロジェクトファイナンス事例です。プロジェクト総額は約100億円規模でした。

プロジェクト概要

  • プロジェクト規模: 46 MW(2 MW機 × 23基)
  • 運転開始: ある年の年末
  • 貸出人: 協調4行(うち1行がアレンジャー兼エージェントを務める)
  • 融資総額: 約98億円

組成ポイント

  • 協調融資団の形成およびシンジケーション資料の作成
  • CFD(キャッシュフローモデル)の検証およびレンダー向け説明
  • ガバナンス体制の整備(融資モニタリング、契約違反時の対応手順の設計)
  • 支払条件・WFの設定(O&Mコストや保険料などに優先順位を付与)

④ ある洋上風力発電案件

東南アジアで進行した洋上風力発電プロジェクトで、欧州ECA(デンマーク・EKF)の支援を活用したファイナンス組成事例です。現地エネルギー省の支援プログラム対象プロジェクトの一つとして認可を受けました。

プロジェクト概要

  • プロジェクト規模: 128 MW(フェーズ1:8 MW、フェーズ2:120 MW)
  • スポンサー構成:
  • 欧州系ファンド 50%
  • 大手風力事業者 35%
  • 地元企業 15%
  • 調印時期: ある年の6月
  • 貸出人: 外銀7行(うち邦銀は1行)、現地地場行4行
  • 当該邦銀の役割: MLA、ヘッジバンク、共担保銀行を兼務

資金調達(イメージ)

資金調達 (Sources)金額 (現地通貨単位)資金使途 (Uses)金額 (現地通貨単位)
Subsidy/Concessional Loan700Project Costs23,900
Senior Debt Facilities17,200
Equity6,000
Total Sources23,900Total Uses23,900

【ご参考】洋上風力発電事業における固有の留意事項

洋上風力発電は、陸上風力と比べ特有のリスクが数多く存在します。

完工リスク
主な検討ポイント海外事例および対策
サイト・コンディションの事前調査の熟度・ 欧州で採用される設計コードでは全基礎部分のCPT調査を推奨
・ 気象・海象レポートを取得し設計・施工に反映
各コントラクターの実績・信用力・ 同種工事で実績豊富なコントラクターを選定
EPC契約の内容 (マルチ・コントラクト)・ 適切なリスクアロケーションを確保したEPC契約を締結(支払条件、遅延リキダメ、瑕疵担保、PF条項など)
・ 契約本数を極力絞り込む(欧州では2~6契約が一般的)
・ インターフェイス抜け漏れを防ぐため、技術・法務の両面から網羅的に契約を設計
・ 洋上風力に精通したプロジェクトマネジメント人材を投入
作業船の調達ストラテジー・ SPCまたはEPCコントラクターが作業船を確保
・ 対象海域に適合する作業船の手配
・ 悪天候等による稼働延長リスクを想定し、Extension Option条項を確保
・ バックアッププランを策定
建設工事スケジュールの妥当性・ 波高など過酷環境を踏まえ、余裕を持たせた工期計画を策定
・ EPC契約で「悪天候」の定義を明確化し、リスクを適切に配分
コスト・オーバーラン対応・ ランプサム契約の締結
・ EPC契約において適切な遅延リキダメ水準を確保
・ 十分な予備費を計上(マルチ・コントラクトの場合、PJコストの10~15%が一般的)
・ 開業遅延保険を付保
技術リスク
リスク分類主な検討ポイント海外事例および対策
製品風車タービン・ 商業運転実績が豊富なタービンメーカー・機種を採用
・ 認証機関による型式認証を取得
・ 技術コンサルタントによるデューディリジェンスを実施
・ 適切な保証条件(パワーカーブ保証、稼働率保証)を確保
基礎部分・ 実績ある基礎構造を採用
・ ノウハウ・実績のある企業による設計サポートを依頼
・ 技術コンサルタントによるデューディリジェンス
海底ケーブル・ ケーブル損傷を回避するための敷設ルート・工法を採用
・ 技術コンサルタントによるデューディリジェンス
・ 十分な瑕疵担保期間を確保(多くの事故は完工後数年以内に発覚)
・ 損害保険を付保(漁具や潮流による外傷が原因となるケースが多い)
コントラクター能力・ 実績・経験のあるコントラクターを選定
・ 風車部分についてはメーカーによるO&Mが一般的
操業O&M契約のストラクチャー・ 欧州では風車部分とBoP部分の2契約に分かれるパターンが主流
・ 風車メーカーによる長期契約(延長オプション付き)を締結
・ 期中のコントラクター変更に備え、take-over条項やスペアパーツ調達義務などを組み込む
稼働率保証の内容・ 欧州ではEnergy base(≠ Time base)での保証が主流(保証レベル95~96%が一般的)
・ 適切な保証条件(保証期間やLiquidated Damagesの上限設定など)を確保
・ 免責時間の極小化(作業船調達に要する時間の取り扱いを明確化)
作業船調達戦略・ アクセス船や大規模修繕用の作業船を確保する調達戦略を策定
・ 調達に要する時間を想定し、キャッシュフロー計算上のロスファクターを設定

セカンダリー取引におけるリスク分担

既存プロジェクトを取得する「セカンダリー取引」も増加しています。この場合、デューディリジェンスによるリスク洗い出しに加えて、M&Aスキーム特有のリスク分担設計が重要になります。

主なスキーム

  1. 事業譲渡
  2. 株式譲渡
  3. 会社分割 (A: 現金対価 / B: 新設分割(吸収分割)+株式譲渡)

スキームの特徴に応じた契約上の手当てによるリスク分担

プロジェクトだけでなく、M&Aに関する知見も不可欠です。買手が取得資金をファイナンスする場合、レンダー側でも最低限の理解が求められます。

スキームポイント
事業譲渡・会社分割・ 必要な資産(契約、許認可等を含む)のみを承継することで、偶発債務の承継リスクを限定可能。
・ 買手がプロジェクトを単独で運営できるよう、必要な資産が漏れなく含まれているかを入念に確認。
・ 許認可等の承継手続や契約承継には相手方(権利者)の同意が原則必要。
● 会社分割の場合、会社法上の手続が必要となるため、前提条件設定やスケジュール調整が必要。
株式譲渡・ プロジェクトを運営するSPCを丸ごと引き継ぐため、許認可や契約承継手続が比較的簡便。
・ 一方で、SPCに潜在的に存在する偶発債務も含めてリスクを買手が引き受ける必要がある。
共通● 承継資産に問題や不足があった場合の責任追及方法を設計(契約不適合責任、表明保証違反に基づく補償など)。
→ 売手がSPCの場合、表明保証の実効性確保が課題(事業譲渡・会社分割)。
● 売手が調達したプロジェクトファイナンスの処理(リファイナンスや既存担保解除、決済までのリスク管理)を検討。

買手の買収資金をファイナンスする場合の留意点

プロジェクトファイナンスに加えて買収ファイナンスになるため、専門家への相談が推奨されます。

  • 融資実行前提条件と買収前提条件の関係
    買収契約上の前提条件充足を、ローン契約の貸付実行前提条件に位置づける。既存借入の返済、融資枠解除、担保解除を確実に実行できることを担保条件とする。
  • 買収取引実施のタイムライン
    貸付実行 → 買収実行 → 担保取得 の順序を、同一営業日内に確実に完了させる必要がある。ローン契約締結後はプロジェクト資産に担保が設定できないため、買収実行(=SPC株式取得など)の後に担保設定を行う。
  • その他検討事項
    株式譲渡スキームにおける構造劣後(SPCに対するレンダー債権が、買収目的に設立した持株会社のレンダー債権より劣後する構造)への対応(連帯保証、合同合併など)を考慮する。

近時のトピックと今後の展望

プロジェクトファイナンスを取り巻く環境も変化しています。

  • 再エネ特措法改正その他の法改正
  • FIT制度からFIP制度への移行
  • 太陽光発電設備の撤去費用積立義務の導入
  • 認定失効制度の新設
  • 発電側課金の導入
  • コーポレートPPA
  • フィジカル/バーチャル、オフサイト/オンサイトの多様化
  • 利用拡大を目的とした法改正の検討
  • コーポレートPPAを活用したプロジェクトファイナンスの可能性
  • サステナブルファイナンスとプロジェクトファイナンス
  • 流動化・証券化手法を用いたグリーンボンド型商品やインフラローン商品の展開
  • 新技術への期待
  • 水素、アンモニアなど次世代エネルギー技術の商業化と、それに伴う新たなファイナンス機会

おわりに – プロジェクトファイナンスを成功に導くために

プロジェクトファイナンスは大規模プロジェクトを実現するための強力なツールですが、その組成と管理は複雑です。成功させるには、関係者間の役割分担を明確化し、重要度に応じてメリハリをつけたレビュー・検討を行うことが不可欠です。
リスク分担の基本的な考え方は商務条件にも影響を与えるため、具体的な文言や契約条項間の整合性については弁護士など専門家の助言を仰ぎつつ、ビジネスレベルでの大まかな方針を定め、複数の契約書を同時かつ効率的にレビューしていくことが求められます。

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