これまでのシリーズで、NOI、キャップレート、IRR、LTVといった不動産投資における様々な重要指標を解説してきました。最終回となる本記事では、それらの知識を総動員し、実務の第一歩となる「簡易的な不動産取得シミュレーションモデル」をExcelで構築するプロセスを追体験します。
ここで紹介するのは、本格的なモデルの前に、案件の採算性を素早く大まかに把握するための「バック・オブ・ザ・エンベロープ(BoE)」モデルです。この簡易モデルを理解することが、より複雑な分析への扉を開く鍵となります。
モデルの前提条件 – 物件概要とトランザクション情報
今回は、ソース資料にある「Creekstone Apartments」というマルチファミリー物件の取得案件を例に取ります。
前提条件の整理
項目 | 値 |
---|---|
物件概要 | |
ユニット数 | 100戸 |
トランザクション情報 | |
購入価格 | $15,000,000 |
保有期間 | 5年 |
売却時キャップレート | 6.25% |
ファイナンス情報 | |
借入金額 | $9,750,000 (LTV 65%) |
諸手数料(オリジネーションフィー) | 借入金の1% |
投資計画 | |
ユニット改修費用 | $5,000/戸 (初年度・2年目に50%ずつ) |
その他の資本的支出 | $100,000 (初年度) |
収益予測(プロフォーマ)の作成 – NOIの算出
モデル構築の最初のステップは、保有期間中の運営収支を予測し、各年のNOI(純営業収益)を算出することです。ここでは、賃料成長率や稼働率、経費の伸び率に関する仮定を基に、5年間のプロフォーマを作成します。
運営収支プロフォーマ(Operating Proforma)
($ in thousands) | T-12 | Year 1 | Year 2 | Year 3 | Year 4 | Year 5 |
---|---|---|---|---|---|---|
Net Effective Rent | $1,575 | $1,635 | $1,728 | $1,779 | $1,833 | $1,888 |
(-) Vacancy Loss | ($175) | ($164) | ($156) | ($142) | ($128) | ($132) |
Effective Gross Income | $1,400 | $1,472 | $1,572 | $1,637 | $1,705 | $1,756 |
(-) Total OpEx | ($477) | ($477) | ($487) | ($496) | ($506) | ($516) |
Net Operating Income (NOI) | $923 | $995 | $1,086 | $1,141 | $1,199 | $1,239 |
キャッシュフローとリターンの計算
NOIが算出できたら、次はそのNOIを基に、物件の売却価格を算出し、最終的な投資リターン(IRR、エクイティ・マルチプル)を計算します。
売却価格の計算
想定売却価格 = 最終年度(Year 5)のNOI ÷ 売却時キャップレート
$19,831,000 = $1,239,000 ÷ 6.25%
キャッシュフローの計算
NOIから資本的支出(CAPEX)を引き、売却価格を足すことで、借入を考慮しないアンレバード・キャッシュフローを算出します。さらにそこから、借入金の元利返済などを加味して、投資家への手取りとなるレバード・キャッシュフローを算出します。
キャッシュフローとリターン分析
($ in thousands) | Year 0 | Year 1 | Year 2 | Year 3 | Year 4 | Year 5 | Total |
---|---|---|---|---|---|---|---|
Unlevered Cash Flow | ($15,000) | $645 | $836 | $1,141 | $1,199 | $21,071 | $10,891 |
Loan Funding | $9,750 | ||||||
(-) Origination Fee | ($98) | ||||||
(-) Debt Service | ($806) | ($810) | ($813) | ($817) | ($821) | ||
(-) Loan Payoff | ($7,313) | ||||||
Levered Cash Flow | ($5,250) | ($258) | $26 | $327 | $382 | $12,937 | $8,165 |
Unlevered IRR | 13.0% | ||||||
Levered IRR | 17.4% | ||||||
Equity Multiple | 2.2x |
資金使途と調達(ソース&ユース)
最後に、この取引全体で「何にいくら資金が必要で(Uses)、それをどこから調達してきたか(Sources)」をまとめる「ソース&ユース」表を作成します。左右の合計が一致することを確認するのは、モデルの検算における基本です。
Sources | Uses | ||
---|---|---|---|
Debt | $9,750,000 | Property Purchase Price | $15,000,000 |
Operating Cash Flows | $258,333 | Origination Fee | $97,500 |
Equity | $5,439,167 | Capital Expenditures | $350,000 |
Total Sources | $15,447,500 | Total Uses | $15,447,500 |
まとめ
本記事で見てきたように、簡易的なものであっても、不動産取得モデルはこれまでのシリーズで解説した多くの指標(NOI、キャップレート、LTV、デットサービス、IRR、マルチプル)が有機的に結びついて構成されています。
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