不動産投資には、安定稼働している物件を購入・保有するだけでなく、自ら物件に手を加えて価値を向上させる、よりアクティブな戦略が存在します。その代表例が「バリューアップ投資」と「開発投資」です。
これらの戦略は、安定物件への投資に比べて高いリスクを伴うため、その採算性を評価するためには特殊な指標が必要となります。
本記事では、バリューアップ投資の目標価値を示す「ARV」、そして開発投資の妥当性を測る「Yield on Cost (YoC)」と「開発スプレッド」という、3つの重要な評価指標について解説します。
バリューアップ投資のゴール – ARV(修繕後価値)
ARV(After-Repair Value)とは、中古物件などに改修・リノベーションといった価値向上策(バリューアップ)を施した後に、その物件が市場でいくらで売れるかの想定市場価値を指します。
ARV = 物件購入価格 + リノベーション費用
この指標は、バリューアップ投資の「ゴール」を設定するために使われます。つまり、「この物件を〇〇円で購入し、△△円かけてリノベーションすれば、最終的に□□円の価値になる」という事業計画の根幹をなすものです。
ARV計算例
項目 | 金額(例) |
---|---|
物件購入価格 | $2,000,000 |
(+) リノベーション費用合計 | $520,000 |
After-Repair Value (ARV) | $2,520,000 |
【実務ティップス】70%ルール
特に短期的な転売(フリッピング)を目的とする投資家は、「70%ルール」と呼ばれる経験則を用いることがあります。これは、ARVの70%からリノベーション費用を差し引いた金額を、物件の最大購入許容額(MAO)とする考え方です。
最大購入許容額 (MAO) = (ARV × 70%) - リノベーション費用
開発投資の期待利回り – Yield on Cost (YoC)
Yield on Cost (YoC)は、新規開発プロジェクトや大規模なバリューアッププロジェクトが完了し、安定稼働した際のNOI(純営業収益)が、そのプロジェクトに要した総コストに対してどれくらいの割合になるかを示す指標です。「開発利回り」や「Return on Cost (ROC)」とほぼ同義で使われます。
YoC (%) = 安定稼働時NOI ÷ 総プロジェクトコスト
YoCは、いわば「将来のキャップレート」と言えます。現在の市場価値ではなく、土地の取得費や建設費、改修費といった、実際に投下した全てのコストを分母にすることで、プロジェクトそのものの採算性を評価します。
投資判断の最終ベンチマーク – 開発スプレッド
Yield on Costを算出しただけでは、その利回りが開発リスクに見合ったものか判断できません。そこで重要になるのが開発スプレッド(Development Spread)です。
これは、算出したYield on Costと、周辺の類似した安定稼働物件の市場キャップレートとの差を示します。
開発スプレッド (%) = Yield on Cost (%) - マーケット・キャップレート (%)
このスプレッドは、何もない土地から建物を建てる、あるいは大規模な改修を行うといった、高い不確実性(建設リスク、リーシングリスク等)を負うことに対する上乗せリターン(リスクプレミアム)を意味します。
一般的に、不動産開発者はリスクに見合うリターンとして、1.5%~2.5%(150~250ベーシスポイント)程度の開発スプレッドを目標とすることが多いです。もしスプレッドがほとんどないのであれば、わざわざ開発リスクを取るより、既存の安定物件を購入した方が合理的と判断できます。
開発スプレッド計算例
項目 | 金額(例) |
---|---|
[コスト計算] | |
土地取得費・建設費等 | $34,000,000 |
総プロジェクトコスト | $34,000,000 |
[収益計算] | |
安定稼働時NOI | $3,400,000 |
Yield on Cost (YoC) | 10.0% |
[スプレッド計算] | |
マーケット・キャップレート | 8.0% |
開発スプレッド | 2.0% |
まとめ
開発やバリューアップといった積極的な不動産投資戦略においては、以下の指標を段階的に用いて採算性を評価します。
- ARV: バリューアップ後の「目標価値」を設定する。
- Yield on Cost: プロジェクトに投下した「総コスト」に対するリターンを算出する。
- 開発スプレッド: そのリターンが、開発の「リスクに見合っているか」を市場と比較して最終判断する。
これらの指標を理解し、使いこなすことが、ハイリスク・ハイリターンな投資を成功に導くための鍵となります。
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