価格の妥当性を測る「マルチプル」と簡易指標を使いこなす

不動産

不動産投資のプロフェッショナルは、詳細なキャッシュフロー分析に入る前に、物件価格の妥当性を瞬時に見極めるための「物差し」をいくつか持っています。それが、**マルチプル(乗数)**やその他の簡易指標です。

これらの指標は、限られた情報からでも「この物件価格は、大まかに言ってどの程度の水準か?」を素早く把握するためのスクリーニングツールとして非常に有効です。本記事では、実務家が頻繁に利用する5つの簡易評価指標について、それぞれの計算方法、特徴、そして実践的な使い分けを解説します。

収入に基づくマルチプル(GIM, GRM, NIM)

収入系のマルチプルは、物件の収益力に対して価格が何倍になっているかを示し、収益性から見た価格の割安・割高を判断するのに役立ちます。

GRM (Gross Rent Multiplier – 総賃料乗数)

GRMは、物件価格が年間総「賃料」収入の何倍であるかを示す指標です。

GRM = 物件価格 ÷ 年間総賃料収入

例えば、価格が5,000万円で、年間の総賃料収入が500万円の物件なら、GRMは10倍となります。これは「賃料収入だけで物件価格を回収するのに10年かかる」という大まかな目安を示します。計算が非常に簡単なため、特に住居系不動産の一次スクリーニングでよく用いられます。ただし、運営経費や空室損失を考慮していない点に注意が必要です。

GIM (Gross Income Multiplier – 総収入乗数)

GIMは、物件価格が**年間実効総収入(EGI)**の何倍かを示す指標です。GRMと似ていますが、賃料以外の収入(駐車場、自動販売機など)を含み、さらに空室・貸し倒れ損失を考慮したEGIを分母に使うため、より現実に近い収益力で価格を評価できます。

GIM = 物件価格 ÷ 年間実効総収入(EGI)

商業施設や複数の収入源を持つ物件の評価において、GRMよりも精度の高いスクリーニングが可能です。

NIM (Net Income Multiplier – 純収益乗数)

NIMは、物件価格が**純営業収益(NOI)**の何倍かを示す指標で、収入系マルチプルの中で最も洗練された指標と言えます。運営経費を差し引いた後の純粋な収益力(NOI)をベースにするため、物件の運営効率まで考慮した価格評価ができます。

NIM = 物件価格 ÷ 純営業収益(NOI)

実はこのNIM、前回の記事で解説したキャップレートのちょうど逆数の関係にあります(NIM = 1 ÷ キャップレート)。したがって、キャップレートが高い(=収益性が高い)物件ほど、NIMは低くなります。投資家にとっては、NIMが低いほど、少ない年数のNOIで投資元本を回収できることを意味するため、魅力的な投資対象と判断できます。

収入系マルチプルの比較

指標計算式(価格 ÷ X)X(収入)の内訳主な用途
GRM物件価格 ÷ 総賃料収入賃料のみ(経費・空室考慮せず)住居系物件の最速スクリーニング
GIM物件価格 ÷ 実効総収入(EGI)全収入(空室・貸倒損失を考慮)商業施設など収入源が複数の物件
NIM物件価格 ÷ 純営業収益(NOI)全収入 – 運営経費最も精度の高いマルチプル評価

物理的・市場的指標(PPSF, Price-to-Rent Ratio)

次に、収入以外の視点から価格の妥当性を測る指標を見ていきましょう。

PPSF (Price Per Square Foot – 平方メートル/坪単価)

PPSFは、物件価格を総面積で割ったもので、物理的な広さに対する価格水準を示します。日本では「坪単価」として馴染み深い指標です。

PPSF = 物件価格 ÷ 総面積(平方フィートまたは平方メートル)

この指標の最大の用途は、特定のエリア内での価格水準の比較です。例えば、「A地区のオフィスビルの坪単価は平均300万円だが、この物件は250万円だから割安かもしれない」といった初期判断に使います。土地の価値評価や開発プロジェクトのコスト計算においても不可欠な指標ですが、建物のコンディション、階数、眺望、アメニティといった質的な要因は全く考慮されない点に注意が必要です。

Price-to-Rent Ratio (価格賃料比率)

Price-to-Rent Ratioは、主に住宅市場で使われるマクロな指標で、住宅価格の中央値を年間家賃の中央値で割って算出されます。

Price-to-Rent Ratio = 住宅価格の中央値 ÷ 年間家賃の中央値

この比率は、ある市場において「家を買う」のと「家を借りる」のどちらが経済的に合理的かを示すとされています。一般的に、比率が15倍以下なら購入が、20倍以上なら賃貸が合理的とされ、その間の15~20倍が投資家にとっての「スイートスポット」と見なされることがあります。個別の物件評価よりも、市場全体の過熱感や投資環境を判断するために用いられます。

実務における使い分けと注意点

ここまで紹介した5つの指標は、あくまで**一次スクリーニング(最初のふるい分け)**のためのツールです。これらの指標だけで最終的な投資判断を下すのは非常に危険です。

実務におけるプロの思考プロセスは、以下のようになります。

  1. 広範なスクリーニング: 多数の売り物件情報の中から、まずGRMやPPSFを使って、明らかに相場から外れているものや、基準に満たないものを足切りする。
  2. 一次分析: 絞り込まれた物件について、GIMやNIMを算出し、より精度の高い比較を行う。
  3. 詳細分析(デューデリジェンス): 有望ないくつかの物件に絞り、初めて詳細なキャッシュフローモデルを作成し、NOI、キャップレート、IRRなどを精緻に算出して最終的な投資判断を下す。

このように、簡易指標は、時間と労力を最も有望な案件に集中させるための「フィルター」として機能するのです。

まとめ

不動産の価格が妥当かどうかを素早く判断するために、実務家は様々な簡易指標を使いこなします。

  • GRM, GIM, NIM: 物件の「収益力」を基準に価格の倍率を見る。NIMが最も精度が高い。
  • PPSF (坪単価): 物件の「物理的な単価」を市場と比較する。
  • Price-to-Rent Ratio: 市場全体が「購入向き」か「賃貸向き」かの大きな流れを掴む。

これらの指標の計算方法を知っているだけでなく、それぞれの長所・短所を理解し、どの場面でどの指標を使うべきかを知っていることこそが、プロフェッショナルな分析の第一歩と言えるでしょう。

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