前回の記事では、プロジェクトファイナンス(プロファイ)分析の根幹をなす「考え方」と「最重要指標」について解説しました。今回はその第2弾として、それらの概念を具現化する、プロファイ実務における最大の武器であり、最難関でもある「財務モデル」に特化して徹底解説します。
精緻な財務モデルは、レンダーとスポンサー間の対話の土台となる、いわばプロジェクトの頭脳です。本記事では、その構造から、特有の課題である「循環参照」、そしてそれを乗り越えるためのVBAマクロの実装方法まで、技術的な側面を深掘りしていきます。
財務モデルの構造
なぜプロファイに特有の財務モデルが必要なのか。それは、ノンリコースという特性上、プロジェクトの将来キャッシュフローだけが全ての返済原資となるため、その予測と分析に特化したツールが不可欠だからです。

モデルの基本構造と構成要素
プロファイモデルは通常、複数の計算シート(モジュール)が精緻に連携することで成り立っています。

- インプット/タイミング/シナリオ: モデルの前提条件、計算期間、感度分析のケースなどを管理する、いわばモデルの「設定」部分です。
- 計算モジュール: 建設(Cons)、オペレーション(Ops)、デット(Debt)、税金・減価償却(D&T)、エクイティ(Equity)など、各要素を個別に計算する「作業場」です。
- アウトプット: 計算結果を集約し、財務三表(FS)やサマリーレポートとして表示する「報告書」部分です。
デットサイジングのメカニズムと循環参照
デットサイジングとは、プロジェクトが返済可能な最大のデット額を算出するプロセスです。これは主に2つの制約によって決定されます。
- 最大ギアリングレシオ: 総事業費に占めるデットの割合です。実務ではD/Eレシオ「70:30」などが一般的です。
- 最低DSCR: 前回の記事で解説した通り、レンダーが要求する最低限の元利金返済カバー率(例: 1.25x)です。
この計算過程で、我々実務者が必ず直面するのが「循環参照」という問題です。

「循環参照」の発生メカニズム
これは、計算の前提と結果が互いを参照し合う、堂々巡りの状態に陥る問題です。

循環参照の解決策:Calculated & Appliedロジック
この問題を解決する実務上の定石は、Excelの反復計算機能に頼ることではありません。プロフェッショナルなモデルでは、「Calculated(計算値)」と「Applied(適用値)」という2つの欄を設け、計算の循環を意図的に分断します。

3. 循環参照の解決ツール:Excelマクロの実装
「Calculated」で計算された値を「Applied」にコピー&ペーストし、両者の差(Delta)がゼロに収束するまで繰り返す。この反復作業を自動化するのがVBAマクロの役割です。
実務でよく使われるのは、以下のようなDo Until
ループを用いたコードです。
Sub DebtSizingMacro()
' 画面更新を停止して処理を高速化
Application.ScreenUpdating = False
' MacroDeltaという名前を付けたセルの値が0.01未満になるまでループ
Do Until Abs(Range("MacroDelta").Value) < 0.01
' Calculatedの値をコピーし、Appliedに値としてペーストする(直接代入)
' この直接代入(.Value = .Value)は、Copy/PasteSpecialより高速に動作する
Range("AppliedDebt").Value = Range("CalculatedDebt").Value
Range("AppliedEquity").Value = Range("CalculatedEquity").Value
Loop
' 画面更新を再開
Application.ScreenUpdating = True
End Sub
このように、マクロを正しく実装することが、安定的かつ効率的なデットサイジングの鍵となります。
結論
今回は、プロファイ実務の核心である「財務モデル」について、その特有の構造から、最難関である循環参照の解決策までを解説しました。
モデルは単なる計算機ではありません。それは、レンダーとスポンサーという異なる立場のプレイヤーが、共通の土台の上で対話し、意思決定を行うためのコミュニケーションツールです。堅牢で、透明性が高く、監査可能なモデルを構築するスキルは、我々実務家にとって最も重要な能力の一つと言えるでしょう。
次回の第3弾では、モデルが弾き出す数字の裏側にある、より商業的な側面、つまり「リスク、ステークホルダー、そしてディールの力学」について掘り下げていきます。
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