財務モデリングは様々な分野で活用されますが、特にプロジェクトファイナンス(プロファイ)の領域では、特有の概念や分析手法が求められます。プロファイは、特定のプロジェクトから生み出される将来のキャッシュフローを返済原資として、巨額の資金調達を行う金融スキームです。そのため、財務モデルはレンダー(貸し手)とスポンサー(出資者)双方にとって、プロジェクトのリスクとリターンを評価するための最重要ツールとなります。
この章では、プロファイモデルの核心部分である借入金返済の主要3パターン、資金調達額を決定する「デットサイジング」と返済計画を策定する「デットスカラプティング」、複数の金融機関が協調する「シンジケートローン」の裏側、そして投資判断指標として広く使われる「IRR」の注意点について、具体的な計算例を交えながら解説します。
【借入金返済】主要3パターンのモデル構築法とDSCR分析
プロジェクトファイナンスにおける借入金の返済方法は、プロジェクトのキャッシュフロー創出能力に大きく依存します。ここでは、代表的な3つの返済方法「元本均等」「元利均等」「スカラプティング」について、モデル構築方法と、それぞれの特徴を示す重要指標DSCR(Debt Service Coverage Ratio: 元利金返済余裕率)の動きを比較します。
計算の前提条件
分析にあたり、以下の前提条件を設定します。
項目 | 単位 | 値 | 詳細 |
---|---|---|---|
CFADS | JPY’m | (時系列) | 元利金返済前キャッシュフロー。Year 1の403から徐々に減少する想定。 |
借入額 | JPY’m | 2,000 | |
借入期間 | 年 | 10 | |
利率 | % | 5.0% | |
ターゲットDSCR | 倍 | 1.10 | (スカラプティング計算時のみ使用) |
5.1.1. 元本均等返済
最もシンプルな返済方法で、借入元本を返済期間で均等に割って毎期の元本返済額を算出します。
- 元本返済額: 2,000 (借入額) ÷ 10 (借入期間) = 200/年
- 利息: 各期の期首借入残高 × 利率 (5.0%)
- デットサービス: 元本返済額 + 利息
モデル構築とDSCRの推移
元本返済額は毎年200で一定ですが、借入残高が減少するにつれて支払利息も減少するため、デットサービス(元利合計)は年々減少していきます。一方、前提となるCFADSも減少傾向にあるため、DSCR(= CFADS ÷ デットサービス)もそれに伴い減少します。
(元本均等返済) | Year 1 | Year 2 | Year 3 | Year 4 | Year 5 | Year 6 | Year 7 | Year 8 | Year 9 | Year 10 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
元本返済 | 200 | 200 | 200 | 200 | 200 | 200 | 200 | 200 | 200 | 200 |
利息 | 100 | 90 | 80 | 70 | 60 | 50 | 40 | 30 | 20 | 10 |
デットサービス | 300 | 290 | 280 | 270 | 260 | 250 | 240 | 230 | 220 | 210 |
CFADS | 403 | 397 | 347 | 309 | 265 | 241 | 212 | 196 | 192 | 185 |
DSCR | 1.34 | 1.37 | 1.24 | 1.15 | 1.02 | 0.96 | 0.88 | 0.85 | 0.87 | 0.88 |
特徴と課題:
この例では、Year 6以降にDSCRが1.00を下回っています。これは、その期のキャッシュフローでは借入金の返済を賄いきれていないことを意味し、レンダーにとっては許容しがたい状況です。DSCRを常に一定水準(例えば1.10)以上に保つ必要がある場合、借入可能額を当初の2,000よりも減らす必要が出てきます。
5.1.2. 元利均等返済
住宅ローンなどで馴染みのある方法で、毎期のデットサービス(元利合計)が一定になるように元本返済額を調整します。ExcelではPPMT
関数(元本返済額)やPMT
関数(元利合計額)で容易に計算できます。
- デットサービス:
PMT(利率, 期間, 借入額)
で算出される一定額。 - 元本返済額:
PPMT(利率, 各期, 期間, 借入額)
で算出。初期は利息の割合が大きく、徐々に元本の割合が大きくなります。 - 利息: デットサービス – 元本返済額
モデル構築とDSCRの推移
デットサービスは毎期一定ですが、CFADSが減少するため、DSCRは元本均等返済よりも急な角度で減少していきます。
(元利均等返済) | Year 1 | Year 2 | Year 3 | Year 4 | Year 5 | Year 6 | Year 7 | Year 8 | Year 9 | Year 10 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
元本返済 | 159 | 167 | 175 | 184 | 193 | 203 | 213 | 224 | 235 | 247 |
利息 | 100 | 92 | 84 | 75 | 66 | 56 | 46 | 35 | 24 | 12 |
デットサービス | 259 | 259 | 259 | 259 | 259 | 259 | 259 | 259 | 259 | 259 |
CFADS | 403 | 397 | 347 | 309 | 265 | 241 | 212 | 196 | 192 | 185 |
DSCR | 1.56 | 1.53 | 1.34 | 1.19 | 1.02 | 0.93 | 0.82 | 0.76 | 0.74 | 0.71 |
特徴と課題:
この方法では、CFADSが潤沢な初期の返済負担が相対的に軽くなる一方、CFADSが減少する後期の返済負担は重くなります。結果として、最低DSCRが元本均等返済よりも低い値を示し、返済リスクの観点からはより非効率な返済方法と見なされることがあります。
スカラプティング(DSCR一定)
プロジェクトファイナンスで最も頻繁に用いられるのが、このスカラプティング(Sculpting)です。これは、プロジェクトのキャッシュフロー創出能力(CFADS)の変動に合わせて、デットサービスも変動させる(彫刻する=Sculpt)ことで、DSCRを借入期間にわたって一定に保つことを目指す返済方法です。
モデル構築ステップ
スカラプティングの計算は循環的な要素を持つため、モデル構築には少しコツが必要です。
- ターゲットデットサービスの計算: 各期のCFADSを、事前に設定した「ターゲットDSCR」(例: 1.10)で除して、その期に返済可能な最大のデットサービス額を算出します。(
ターゲットデットサービス = CFADS / ターゲットDSCR
) - 元本返済額の計算:
元本返済額 = ターゲットデットサービス - 利息
で計算します。この段階ではまだ利息の行は空欄または0なので、元本返済額はターゲットデットサービスとほぼ同額になります。 - 借入金残高の計算: ステップ2で計算された元本返済額を基に、期首残高から返済額を差し引いて期末残高を計算します。
- 利息の計算: ステップ3で計算された借入金残高(期首残高)に利率を乗じて、利息を計算します。
- 循環の解消: ステップ4で計算された利息を、ステップ2の利息の行にリンクさせます。すると、元本返済額が「ターゲットデットサービス – 計算された利息」として正しく再計算され、すべての計算が整合します。
DSCRの推移
この方法では、デットサービスがCFADSの推移に連動するため、DSCRは借入期間を通じてターゲットDSCR(この例では1.10)でほぼ一定に保たれます。
(スカラプティング) | Year 1 | Year 2 | Year 3 | Year 4 | Year 5 | Year 6 | Year 7 | Year 8 | Year 9 | Year 10 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
元本返済 | 267 | 274 | 243 | 220 | 191 | 179 | 161 | 155 | 159 | 151 |
利息 | 100 | 87 | 73 | 61 | 50 | 40 | 31 | 23 | 16 | 8 |
デットサービス | 367 | 361 | 316 | 281 | 241 | 219 | 193 | 178 | 174 | 159 |
CFADS | 403 | 397 | 347 | 309 | 265 | 241 | 212 | 196 | 192 | 185 |
DSCR | 1.10 | 1.10 | 1.10 | 1.10 | 1.10 | 1.10 | 1.10 | 1.10 | 1.10 | 1.17 |
特徴:
スカラプティングは、DSCRを平準化し、プロジェクト期間を通じて安定的に推移させることで、最低DSCRの水準を高く維持することが可能です。これにより、プロジェクトの返済能力を最大限に活用し、借入可能額の最大化を図ることができます。
3つの返済方法の比較
項目 | 元本均等 | 元利均等 | スカラプティング |
---|---|---|---|
元本合計 | 2,000 | 2,000 | 2,000 |
利息合計 | 550 | 590 | 488 |
平均DSCR | 1.06 | 1.06 | 1.11 |
最大DSCR | 1.37 | 1.56 | 1.17 |
最低DSCR | 0.85 | 0.71 | 1.10 |
スカラプティングは、CFADSが減少するプロジェクトにおいて、返済リスクを平準化し、借入可能額を最大化する上で最も合理的な手法であることが分かります。
「Debt Sizing」と「Debt Sculpting」:混同しやすい2大概念の整理
プロジェクトファイナンスのモデリングを行う上で、しばしば混同されがちな2つの重要な概念が「Debt Sizing(デットサイジング)」と「Debt Sculpting(デットスカラプティング)」です。これらは密接に関連していますが、分析のフェーズと焦点が異なります。
Debt Sizing (デットサイジング)とは
Debt Sizingとは、特定のプロジェクトにおけるプロジェクトファイナンスによる調達可能額を決めるプロセスを指します。Debt Sizingの分析で用いられる最も重要な指標は、主に以下の2つです。
- 建設コストに対する借入比率 (LTC: Loan to Cost Ratio): プロジェクトの総建設コストのうち、何%を借入で賄うかという比率です。一般的に60%~70%程度が目安とされますが、プロジェクトのリスクに応じて決定されます。
- DSCR (Debt Service Coverage Ratio): プロジェクトが生み出すキャッシュフローが、元利金返済額の何倍あるかを示す指標です。DSCRがある一定の水準(ミニマムDSCR)を常に上回ることが、融資の条件となります。
Debt Sizingの段階では、DSCR基準が保たれている限り、どのような返済プロファイル(返済計画)であるかの詳細な議論はまだ行いません。あくまで「いくらまで借りられるか」という総額を決定するプロセスです。
Debt Sculpting (デットスカラプティング)とは
Debt Sculptingとは、前節で詳述した通り、借入金の返済計画を策定するプロセスです。プロジェクトから生み出されるキャッシュフローは各年で異なるため、返済負担をプロジェクト期間にわたって平準化し、借主・貸主双方のリスクを低減することを目指します。具体的には、毎期のCFADSに対して一定比率(ターゲットDSCR)の元利返済額を計算することで、キャッシュフローの収入と支出をマッチングさせます。このプロセスがDebt Sculptingです。
財務モデルにおける分析プロセス
実務では、これら2つのプロセスは相互に影響し合います。
- まず、LTC比率や想定される平均DSCRなどから、仮の調達金額を決定します(Debt Sizing)。
- 次に、その仮の調達金額を基に、ターゲットDSCRを設定して詳細な返済計画を策定します(Debt Sculpting)。
- その結果、策定された返済計画が借入期間内に完済できない、あるいは他の財務指標(LLCR: Loan Life Coverage Ratio など)を満たせないといった問題が判明することがあります。
- その場合は、再度Debt Sizingのプロセスに戻り、調達金額を調整する必要が出てきます。
このように、SizingとSculptingは循環するように分析が行われますが、これらは切っても切り離せない関係にあります。財務モデルを用いた分析を行う際には、常に「今は総額(Sizing)の話をしているのか」「返済計画(Sculpting)の話をしているのか」という焦点を適切に意識し、両者の概念を混同しないようにすることが、効率的な分析や関係者との建設的な議論に繋がります。
シンジケートローンにおけるレンダー間リターン分析:手数料構造の解読
スポンサーやレンダー(貸し手)など、資金提供者が多数になるプロジェクトでは、関係者間のリターン構造を理解し、それを財務モデルに落とし込む必要があります。ここでは、複数の銀行が協調して融資を行う「シンジケートローン」を例に、レンダー間の手数料構造と、各レンダーのリターンがどのように変わるのかを見ていきましょう。
シンジケートローンの手数料構造
プロジェクトスポンサー(借入人)は、融資をアレンジ(組成)してくれた銀行団に対して、融資実行時に「アレンジメントフィー」を支払います。
シンジケートローンでは、融資団をまとめる主幹事銀行(MLA: Mandated Lead Arranger)が、他の参加銀行に対して、融資への参加を促すために「参加手数料(Participation Fee)」を支払います。この参加手数料は、MLAが受け取ったアレンジメントフィーの中から支払われます。したがって、MLAの実質的な手数料収入は「アレンジメントフィー総額 – 参加手数料支払総額」となります。
手数料の具体例
総額300億円のプロジェクトファイナンスで、借入人がMLAに対して1.5%(=4.5億円)のアレンジメントフィーを支払うと仮定します。参加銀行の手数料は、通常、融資のコミット額に応じて設定されるステータスごとに料率が異なります。
ステータス | 参加手数料率 | コミット額 |
---|---|---|
アレンジャー (Arranger) | 75bp (0.75%) | 50億円 |
共同アレンジャー (Co-Arranger) | 50bp (0.50%) | 40億円 |
シニア・マネージャー (Senior Manager) | 37.5bp (0.375%) | 30億円 |
マネージャー (Manager) | 25bp (0.25%) | 20億円 |
仮に、このシンジケートローンにシニア・マネージャーが2行(合計60億円)、マネージャーが3行(合計60億円)参加したとします。各参加銀行が得る参加手数料の合計は9,500万円となります。
プレシピアム (Praecipium) とは
MLAの取り分は、アレンジメントフィー総額4.5億円から、参加手数料支払総額0.95億円を差し引いた3.55億円です。
一方、MLA自身の融資金額は、300億円 – (アレンジャー50億 + Co-Arranger 40億 + シニア・マネージャー 60億 + マネージャー 60億) = 90億円となります。
MLAの実質的な手数料率は、3.55億円 ÷ 90億円 = 3.94% となり、他の参加銀行の手数料率(0.25%~0.75%)と比べて圧倒的に高くなります。
この、当初のアレンジメントフィー料率(1.5%)と、MLAの実質的な手数料取り分(3.94%)の差分(この例では2.44%)をプレシピアム (Praecipium) と言います。このプレシピアムを確保できることが、融資コミット総額(リスク・エクスポージャー)を減らしつつ、相対的に高いリターンを得られる、シンジケートローンをアレンジするMLAの妙味と言えます。
オール・イン・イールド (All in Yield) とは
銀行にとっての融資全体の収益率を示す指標に「オール・イン・イールド (All in Yield)」があります。これは、適用金利とベースレートの差額である「マージン」に、受取手数料を融資期間でならしたものを加味した実質的な利回りを示します。
仮に、本プロジェクトのマージンが1% (100bp)、融資の平均残存期間を8年と仮定します。この例に基づき、各ステータスの銀行のオール・イン・イールドを試算すると以下のようになります。
ステータス | マージン | 参加手数料率 | 平均残存期間 | オール・イン・イールド (概算) |
---|---|---|---|---|
MLA | 100bp | 394bp | 8年 | 100 + (394/8) = 149.25bp |
アレンジャー | 100bp | 75bp | 8年 | 100 + (75/8) = 109.38bp |
共同アレンジャー | 100bp | 50bp | 8年 | 100 + (50/8) = 106.25bp |
シニア・マネージャー | 100bp | 37.5bp | 8年 | 100 + (37.5/8) = 104.69bp |
マネージャー | 100bp | 25bp | 8年 | 100 + (25/8) = 103.13bp |
この例からも分かるように、融資団を組成するMLAと、それに参加する銀行とでは、最終的な収益率に大きな差が生まれます。財務モデルを構築する際には、こうしたレンダー間のリターン構造を事前に適切に理解しておくことが必須です。
IRRの多角的理解:指標の限界と隠れた前提を認識する
プロジェクトファイナンスや事業投資の検討現場において、スポンサー(出資者)にとっての定量的な投資判断材料として最も一般的に用いられる指標が「IRR(Internal Rate of Return: 内部収益率)」です。
IRRが表すもの
IRRは、投資金額、投資期間、リターンプロファイル等が異なる複数の案件の収益性を比較することを可能にします。ある投資プロジェクトにおけるキャッシュフローの正味現在価値(NPV)がゼロになるような割引率として定義され、この率がスポンサーの期待収益率(ハードルレート)を上回るかどうかが、投資判断の一つの基準となります。
IRRの限界:加味されない要素
IRRは非常に便利な指標ですが、万能ではありません。IRRはあくまで収益性を表す指標であり、多くの重要な要素については加味されていません。
- 事業リスク: 同じIRR10%の案件でも、リスクの高いスタートアップ企業への投資と、比較的安定したキャッシュフローを創出するインフラ投資とでは、その価値は全く異なります。事業リスクに見合うリターンであるかを別途評価する必要があります。
- 投資回収期間やエクスポージャー: 回収までに何十年もかかる場合や、投資額が自社の調達能力を大きく超える場合などは、いくらIRRが高水準でも投資対象とすることはできません。
- キャッシュフローの絶対額: IRRは率の指標であるため、投資規模の大小を評価することはできません。
このように、IRRは投資検討を行う上で必ず他の指標(NPV、回収期間、リスク分析など)と組み合わせて多角的に活用する必要があります。
IRRの隠れた前提:再投資利回り
実務において、ExcelでIRRを計算する際には IRR
関数や XIRR
関数が用いられます。ここで非常に重要な、しかしあまり意識されていない「隠れた前提」があります。それは、これらの関数が、プロジェクト期間中に生み出されたキャッシュフローが、そのプロジェクト自身のIRRと同じ利回りで再投資されるということを前提として計算されている点です。
永続的な企業活動を前提とする事業の価値評価などではこの前提にも一定の合理性がありますが、運転期間が定められている
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