【第3回】財務モデルの品質を高めるフォーマット術:一貫性と可読性の追求

プロジェクトファイナンス

財務モデルの品質は、計算の正確性だけでなく、その「見た目」や「構造」にも大きく左右されます。一貫したフォーマットルールを適用することは、単にモデルを美しく見せるためだけではありません。ミスの発見を容易にし、他者とのコミュニケーションコストを削減し、モデル自体の信頼性を高める上で極めて重要な役割を果たします。この章では、なぜフォーマットが重要なのかという理由から、具体的なシートルールやセルルールまでを解説します。

フォーマットはなぜ重要か(1):ルールの統一とミスの事前防止

財務モデルにおけるフォーマットの定義

財務モデルにおけるフォーマットとは、主に以下の2つの要素から構成されると考えられます。

  1. データの表記位置: どの情報(ラベル、単位、計算値など)をシートのどの列・行に配置するかというルール。
  2. データの書式設定: フォントの種類やサイズ、文字色、背景色、数値の表示形式(桁区切り、マイナス表記、日付形式など)に関するルール。

「正しいフォーマット」とは、「指定された場所」に「ルールに従った書式で」データや計算が記載されている状態を指します。例えば、「データラベルは必ずD列に、游ゴシック9ptで入力する」というルールがあれば、D列にその書式で入力されているデータはラベルであると即座に理解できます。このように、表記位置と書式設定を予め定義しておくことで、セルの場所と見た目からデータの意味が直感的に把握できるようになります。

信号機の例え:共通認識の重要性

財務モデルのフォーマットは、日常生活における信号機の色のようなものです。青は「進め」、赤は「止まれ」というルールが世界共通で認識されているからこそ、交通システムは安全に機能します。もし国ごとに信号の色や意味が異なっていたら、大事故に繋がりかねません。

重要なのは、フォーマットの形式そのもの(例:特定の色を使わなければならない)ではなく、「皆が同じフォーマットを同じルールとして認識していること」です。セル色が黄色であるべきか青であるべきかよりも、その色が何を意味するのかがチーム内や関係者間で共有されていることが本質です。

ミスを事前に防ぐ役割

フォーマットルールが徹底されていないと、様々なミスを誘発します。特に多いのが「単位の間違い」です。複雑な案件では複数の為替や単位が混在し、エネルギー案件などでは体積やエネルギーの変換係数も登場します。このような状況で単位の記載が漏れていたり、ルールが曖昧だったりすると、1,000単位を1単位と間違えるだけで、売上や費用が1,000倍になったり1,000分の1になったりする可能性があります。単位に関するミスは、インパクトが非常に大きいのです。

しかし、徹底したフォーマットルール(例:K列に必ず正しい単位を一つひとつ丁寧に入力する)を定め、それを遵守することで、こうしたヒューマンエラーを事前に防ぐことができます。

フォーマットはなぜ重要か(2):コミュニケーションコストとチェックの容易性

計算チェックコストの現実

仮に計算が完璧に正しいと保証されていても、フォーマットは重要です。なぜなら、その「計算の正しさ」は、結局のところ第三者によって検証されなければならず、誰かが必ずチェック作業を行う必要があるからです。チェックの際にフォーマットが統一されていなければ、ルールを確認するために膨大な労力と時間が追加的に発生します。これは「コミュニケーションコスト」であり、実際に人件費や外部委託費として企業が負担するコストです。

チェックが容易な項目の順番

財務モデルのチェックには、要素ごとに難易度の順番があります。

  1. フォーマット: 見れば一目で分かるため、最もチェックが容易です。
  2. アウトプット数値: 事業数値と自身の肌感覚や業界標準と比較できるため、比較的チェックしやすい項目です。
  3. 入力前提値: その数値が妥当かどうかの判断には、ある程度の事業経験や専門知識が必要です。
  4. 計算ロジック: 事業前提と計算式の整合性を一つひとつ頭を使って判読する必要があり、最も時間と労力を要します。

最もチェックが容易な「フォーマット」の時点でルールが守られていないモデルは、より複雑な「計算ロジック」が正しい可能性は極めて低いと言えます。

フォーマット変更の困難さと初期設定の重要性

一度定着したフォーマットを変更するのは、非常に大変な作業です。関係者全員に新しいルールを周知徹底し、混乱や誤解が生じないように細心の注意を払う必要があります。メリットが明確でない限り、既存の標準化されたフォーマットを安易に変更するべきではありません。これは、最初にどのようなフォーマットルールを組織やチームで採用するかが非常に重要であることを意味します。

【シートルール編】構造的なモデルを構築するための列ごとの情報管理術

効果的な財務モデルは、個々のセルの書式だけでなく、シート全体の構造にも配慮されています。ここでは、シートレベルでのフォーマットルールについて解説します。

機能別シート分類の推奨:アウトプット、計算、インプット

計算項目ごとにシートを分ける(例:減価償却費シート、税金シート)のは一見分かりやすそうですが、計算値、グラフ、入力前提が混在しやすく、メンテナンス性に劣ることがあります。

推奨されるのは、シートをまず「機能」に基づいて分類する方法です。

  • アウトプットシート: モデルの最終的な計算結果(案件リターン、財務諸表など)のみを表示します。このシート内で計算を行ったり、前提値を入力したりしてはいけません。
  • 計算シート: 入力前提値から最終的なアウトプットに至るまでの全ての計算を行います。PL計算シート、BS計算シートのように財務諸表ごとに分けることが多いです。このシートにアウトプットに関係のない計算や前提値を入力してはいけません。
  • インプットシート: 入力前提値の一覧のみを表示します。値貼りのセルが並ぶのみで、計算やグラフ表示は行いません。基本的には1枚にまとめますが、建設期間と運転期間で分けることもあります。

列ごとに情報を厳密に管理するルール

シート内では、情報を「列」ごとに厳密に管理し、そのルールを徹底します。つまり、どの列に何の情報を記載するかを明確に定め、それ以外の情報を入力しないようにします。
以下は、東京モデリングアソシエイツ(TMA)で用いられているシートフォーマットルールの一例です。

内容
A列セクションヘッダ
B列モジュールヘッダ
C列サブモジュールヘッダ
D列ラベル
E列メモ
F~I列予備
J列Check計算列
K列単位
L列行合計
M列(予備)
N列時系列0時点定数
O列~時系列計算

このように、例えばK列には単位しか入力せず、ラベルはD列のみに入力します。時系列計算はO列以降で行う、といった厳格なルールを設けることで、構造的に整理されたモデルを構築できます。

全てのシート構造を統一する重要性

上記のシート内構造ルールを、アウトプットシート、インプットシート、計算シートの全てのシートで統一します。これにより、シート単位ではなく、モデル全体としての構造的な設計の一貫性を担保できます。

【セルルール編】一目で情報を伝えるための表示形式・色分けテクニック

シート全体の構造と合わせて、個々のセルのフォーマットルールもモデルの分かりやすさを大きく左右します。

表示形式や単位の統一

モデル全体で、数値や日付などの表示形式、および単位の表記を統一することが基本です。

  • 日付: 例 1 Jan 21 (モデル内で統一)
  • 正の数値: 例 1,000 (桁区切り)
  • 負の数値: 例 (1,000) (括弧書き)
  • 0の数値: 例 - (ハイフン)
  • パーセント: 例 10.0% (小数点以下の桁数を統一)

小数点の桁数などは案件によって異なりますが、重要なのはモデル内で一貫性を持たせることです。単位については、例えば財務諸表は百万円単位、入力は円単位といったように異なる単位が混在しても構いませんが、計算の途中で頻繁に単位変換を行わないようにし、シンプルな計算を維持することが重要です。

セルの情報に応じた文字色・背景色の統一

セルの持つ情報(入力値か計算結果か、変更可能か否かなど)に応じて、文字色や背景色を統一することで、モデルの構造や性質が一目で理解できるようになります。
以下は、東京モデリングアソシエイツ(TMA)で用いられているセルフォーマットルールの一例(抜粋)です。

セルの種類書式例 (背景色や文字色で区別)
ユーザーが変更を想定する入力前提値(例: 青文字、薄黄色背景)
ユーザーが変更できない入力前提値(例: 黒文字、灰色背景)
VBA等で計算される出力値(例: 緑文字)
論理値 – 真 (TRUE)(例: 特定の青色背景)
論理値 – 偽 (FALSE)(例: 特定の赤色背景)
Error Check – 真 (エラーなし)OK (例: 緑色背景)
Error Check – 偽 (エラーあり)UnCheck (例: 赤色背景)

例えば、「変更できない入力前提値」とは、12ヶ月の「12」や、100%から減価していく計算の「100%」など、計算の前提となる固定値です。これらを変更可能な入力値と区別することで、誤操作を防ぎます。
このように条件に基づいたセルフォーマットルールを適用することで、モデルを一目見ただけで多くの情報を伝えることができます。


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