「空室率」を正しく理解する – 物件と市場を多角的に分析する5つの指標

不動産

不動産投資において「空室」は、収益に直接影響を与える最大のリスク要因の一つです。しかし、単に「空室率」という言葉だけでは、その物件や市場が置かれている状況を正確に把握することはできません。

プロの投資家やアセットマネージャーは、空室を多角的に分析するための複数の指標を使い分け、より解像度の高い意思決定を行っています。

本記事では、単純な空室率から一歩踏み込み、物件の真の収益状況を測る「経済的占有率」や、市場全体の需要と供給のバランスを示す「ネットアブソープション」など、実務で不可欠な5つの指標を解説します。

物件レベルの空室分析

まず、個別の物件のパフォーマンスを評価するための指標を見ていきましょう。

物理的占有率 (Physical Occupancy) vs ② 経済的占主率 (Economic Occupancy)

この二つの指標は、物件の運営状況を正確に把握する上で非常に重要です。

  • 物理的占有率: 物理的に入居者がいる部屋の割合を示します。「100室中95室が埋まっている」場合、物理的占有率は95%です。
  • 経済的占有率: 満室想定賃料(GPR)に対し、実際に回収できた賃料の割合を示します。

この二つは、必ずしも一致しません。例えば、フリーレント(一定期間の賃料無料化)を提供している入居者がいる場合や、賃料を滞納している入居者がいる場合、物理的には満室(占有率100%)でも、経済的占有率はそれを下回ります。

計算例

項目
物理的占有率の計算
総ユニット数100
入居済みユニット数95
物理的占有率95.0%
経済的占有率の計算
満室想定賃料 (GPR)$1,000,000
(-) フリーレント等の割引($20,000)
(-) 滞納・未回収($10,000)
実収賃料$970,000
経済的占有率97.0%

この例では、物理的占有率は95%ですが、割引や未回収がなかった場合の想定賃料($950,000)を、実際の回収賃料($970,000)が上回っているため、経済的占有率は97%と計算されています。(※注:この例は特殊で、通常は経済的占有率が物理的占有率を下回ることが多い)

安定稼働時占有率 (Stabilized Occupancy)

安定稼動時占有率とは、その物件が所在する市場において、長期的かつ安定的に達成可能と見なされる平均的な占有率のことです。これは、物件の取得や開発を検討する際の、将来の収益予測(プロフォーマ)における重要な仮定(アサンプション)として用いられます。

例えば、ある地域のオフィスビルの平均占有率が92%であれば、その92%が安定稼働時占有率の基準となります。もし投資対象の物件の現在の占有率が85%であれば、リーシング努力によって92%まで改善できるポテンシャル(アップサイド)があると判断できます。

市場レベルの空室分析

次に、マクロな視点で市場全体の健全性を測る指標を見ていきましょう。

ネットアブソープション (Net Absorption – 純吸収面積)

ネットアブソープションは、一定期間内に、ある市場でどれだけの面積が新たに吸収(占有)されたかを示す指標です。

ネットアブソープション = 期間中の総賃貸面積 - 期間中の総解約面積

  • プラスの場合: 解約された面積よりも新たに契約された面積の方が多いことを意味し、市場への需要が強い(テナントの流入超過)ことを示します。
  • マイナスの場合: 新規契約よりも解約の方が多いことを意味し、市場への需要が弱い(テナントの流出超過)ことを示します。

アブソープション・レート (Absorption Rate – 吸収率)

ネットアブソープションを基に、市場の吸収スピードを率で示したものがアブソープション・レートです。

この率が高いほど、市場の空室が速いペースで埋まっていることを意味し、健全な市場と判断できます。

まとめ

「空室」という一つの事象も、様々な指標を用いて多角的に分析することで、その背景にある要因や将来のポテンシャルが見えてきます。

  • 物件レベルでは: 「物理的」と「経済的」な占有率の差を見ることで、レントロールの質を評価する。そして「安定稼働時」の占有率をベンチマークとして、改善の余地やリスクを測る。
  • 市場レベルでは: 「ネットアブソープション」を見ることで、市場全体の需要のトレンドを掴む。

これらの指標を使いこなすことで、より精度の高い投資判断や、効果的なアセットマネジメント戦略の立案が可能になります。

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