不動産投資の世界には数多くの指標が存在しますが、その中でも物件の「稼ぐ力」を最も純粋に表す、まさに王様とも言える指標が**「NOI(Net Operating Income / 純営業収益)」**です。
物件の価値を測るキャップレートや、融資の安全性を測るDSCRなど、あらゆる重要指標の計算の基礎となるのが、このNOIです。しかし、NOIがどのように計算されるのか、その道のりを正確に理解している実務家は意外と少ないかもしれません。
本記事では、満室想定賃料であるGPR(潜在総収入)から始まり、空室や運営費を差し引いてNOIに至るまでの全ステップを、計算例と共に徹底的に解説します。
NOI(純営業収益)とは何か?
NOI(純営業収益)とは、不動産が生み出す年間の総収入から、その物件の運営に直接かかる経費(Operating Expenses)を差し引いた後の利益を指します。
これは、物件そのものが持つ純粋な収益力を示す指標であり、借入金の返済や減価償却費といった、所有者の財務状況や会計方針に左右される項目を含まないのが最大の特徴です。
NOIの計算式
NOIの基本的な計算式は以下の通りです。
純営業収益 (NOI) = (賃料収入 + その他収入) – 直接運営費
この式が示す通り、NOIは「総収入」から「直接運営費」を引くことで求められます。次章では、この計算プロセスをより具体的に分解していきます。
NOIの計算プロセスを理解する
NOIは単一の数値ではなく、理論上の最大収入から段階的に損失や費用を差し引いていく計算プロセスの結果です。
ステップ1:GPR(潜在総収入)からEGI(実効総収入)へ
まず、収益計算の出発点となる収入項目を固めます。
- GPR (Gross Potential Rent – 潜在総収入): その物件が持つポテンシャルを最大限に発揮した場合(満室・未回収ゼロ)の理論上の最大賃料収入です。
- EGI (Effective Gross Income – 実効総収入): 現実の賃貸経営では100%の稼働はあり得ません。そこで、GPRから**「空室・貸し倒れによる損失」を差し引き、さらに駐車場や自動販売機など「賃料以外の収入(Ancillary Income)」**を足し合わせた、より現実的な収入がEGIです。
ステップ2:EGI(実効総収入)からNOI(純営業収益)へ
EGIが物件の「現実的な売上高」だとすれば、NOIは「営業利益」に相当します。EGIから、物件を運営するためにかかった**直接的な経費(Operating Expenses)**を差し引くことで、NOIが算出されます。
以下の表は、GPRからNOIを算出するまでの具体的な計算プロセスを示しています。
NOI計算の具体例
項目 | 計算 | 金額(例) |
Potential Gross Income (PGI) | $2,600,000 | |
(-) Vacancy and Credit Losses | PGIの5.0% | ($130,000) |
Effective Gross Income (EGI) | $2,470,000 | |
(-) Direct Operating Expenses | EGIの40.0% | ($988,000) |
Net Operating Income (NOI) | $1,482,000 |
何が含まれ、何が含まれないか?(実務上の注意点)
NOIを正確に理解する上で最も重要なのが、どの費用が含まれ、どの費用が含まれないかを区別することです。
NOIに含まれる費用(直接運営費)
- 管理委託費
- 固定資産税・都市計画税
- 損害保険料
- 修繕費
- 水道光熱費
NOIに含まれない費用
- デットサービス(借入金の元本・金利返済): 物件の収益力ではなく、所有者の資金調達方法に依存するため除外されます。
- 減価償却費: 会計上の費用であり、実際の現金支出を伴わないため除外されます。
- 法人税など: 物件ではなく所有者の納税義務であるため除外されます。
- 大規模修繕費(資本的支出 – CAPEX): 建物の価値を維持・向上させるための「投資」と見なされるため、日常的な「費用」とは区別されます。
NOIから派生する重要指標
算出されたNOIは、それ自体が重要であると同時に、他の様々な指標の計算の基礎となります。
NOIマージン (NOI Margin)
NOIマージン (%) = NOI ÷ 実効総収入 (EGI)
これは物件の運営がいかに効率的かを示す「利益率」です。
NOIイールド (NOI Yield)
NOIイールド (%) = NOI ÷ 物件取得価格
これは、投下した総投資額に対して、物件がどれだけのリターンを生んでいるかを示す、レバレッジを考慮しない利回り指標です。
NOIとEBITDAの違い
NOIは不動産「物件」の収益性を見る指標であり、EBITDAは「企業」全体の収益性を見る指標です。NOIは物件レベルの運営費のみを差し引くのに対し、EBITDAは本社経費なども含んだ上で算出される点が異なります。
まとめ
NOIは、不動産の真の収益力を示す最も重要な指標です。
- NOIは、物件の「稼ぐ力」そのものである。
- GPRからNOIへの計算過程には、空室率や運営費率など、その物件の運営状況に関する重要な仮定がすべて含まれている。
- NOIは、キャップレートを用いた価値評価や、DSCRを用いた融資分析の出発点となる。
このNOIまでの計算プロセスを正確に理解し、各項目を精査する能力こそが、不動産実務家にとって不可欠なスキルと言えるでしょう。
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