不動産投資の意思決定において、その「価値」を正しく見極めることは全ての基本です。しかし、不動産の価値は一つではなく、異なる視点から評価するための複数のアプローチが存在します。プロの実務家は、これらのアプローチを複合的に用いることで、より精度の高い価値判断を下しています。
本記事では、不動産評価の根幹をなす**「インカムアプローチ(収益還元法)」「コストアプローチ(原価法)」「セールスコンパリソン・アプローチ(取引事例比較法)」**という3つの主要な評価手法について、それぞれの概念、計算方法、そして実務における使い分けを徹底的に解説します。
不動産価値評価の3大アプローチとは?
不動産の価値を評価するには、主に3つの側面からアプローチします。それは「その不動産がどれだけ稼ぐか(収益性)」「その不動産を今建てるといくらか(再調達コスト)」「類似の不動産がいくらで取引されているか(市場性)」です。それぞれに対応するのが以下の3つの手法です。
評価アプローチ | 概要 |
インカムアプローチ(収益還元法) | 不動産が生み出す将来の収益(キャッシュフロー)を基に価値を算出する手法。特に収益物件の評価で中心的に用いられる。 |
コストアプローチ(原価法) | 対象不動産を現時点で再建築・再調達した場合のコストを算出し、そこから経年による価値の減少(減価修正)を差し引いて価値を求める手法。 |
セールスコンパリソン・アプローチ(取引事例比較法) | 近隣の類似した不動産の最近の取引事例を収集し、対象不動産との違い(広さ、築年数、立地など)を補正して価値を推定する手法。 |
インカムアプローチ(収益還元法)
インカムアプローチは、**「その不動産が将来どれだけの収益を生み出すか」**という点に着目した評価手法です。投資家がその不動産から得られるであろう利益を現在価値に割り戻すことで、不動産の価値を導き出します。特に、賃貸用マンションやオフィスビルなど、収益を生むことを目的とした不動産の評価において最も重要視されます。
このアプローチの中でも代表的なのが**「直接還元法(Direct Capitalization Method)」**です。これは、1期間の純営業収益(NOI)を、市場の期待利回りであるキャップレートで割り戻すことで、不動産価値を算出する非常にシンプルな手法です。
不動産価値 = 純営業収益 (NOI) ÷ キャップレート (%)
例えば、年間のNOIが1,140万円の物件があり、市場のキャップレートが6.0%〜10.0%で変動する場合、物件価値は以下のように変化します。
($ in thousands) | A | B | C | D | E |
Net Operating Income (NOI) | $1,140 | $1,140 | $1,140 | $1,140 | $1,140 |
(÷) Cap Rate (%) | 6.0% | 7.0% | 8.0% | 9.0% | 10.0% |
Implied Property Value | $19,000 | $16,286 | $14,250 | $12,667 | $11,400 |
このアプローチは、収益性が安定している物件の評価に適しています。
2. コストアプローチ(原価法)
コストアプローチは、**「その不動産を今、もう一度建てるとしたら、いくらかかるか」**という視点から価値を評価します。この考え方の根底には「買主は、同じものを新しく建てるのにかかる費用以上の金額を、既存の不動産に対して支払うことはないだろう」という「代替の原則」があります。
計算式は以下の通りです。
不動産価値 = 土地価値 + (再調達価格 - 減価修正額)
- 土地価値: 更地としての土地の価格。周辺の土地取引事例などから推定します。
- 再調達価格: 建物を現時点で新築した場合の総コスト。
- 減価修正: 築年数の経過による物理的な老朽化や、間取りの旧式化(機能的陳腐化)、周辺環境の悪化(経済的陳腐化)などによる価値の減少分を差し引きます。
この手法は、学校や教会といった特殊な用途の建物や、新築物件など、収益性や市場性での評価が難しい場合に特に有効です。
セールスコンパリソン・アプローチ(取引事例比較法)
セールスコンパリソン・アプローチは、不動産鑑定の中で最も直感的で分かりやすい手法の一つです。**「近隣で似たような物件が、最近いくらで売れたか」**という情報に基づいて価値を判断します。
主な手順は以下の通りです。
- 対象不動産と条件が似ている、近隣の取引事例を複数収集する。
- 取引された時期、立地条件、建物の規模や質、間取りなどの違いを考慮し、価格を補正する(規準化)。
- 補正後の価格を比較検討し、対象不動産の価値を推定する。
このアプローチは、住宅地のように類似の物件の取引が頻繁に行われている市場で特に高い精度を発揮します。
まとめ
不動産の価値評価には、単一の絶対的な正解はありません。プロの実務家は、これら3つのアプローチを状況に応じて使い分け、あるいは併用し、それぞれの結果を比較検討することで、客観的で説得力のある価値の範囲(バリュエーション・レンジ)を導き出します。
- インカムアプローチ: 投資の「収益性」を測るための中心的な手法。
- コストアプローチ: 物理的な「再調達コスト」から価値の上限を見る。
- セールスコンパリソン・アプローチ: 「市場性」を反映した、最も現実的な価格のベンチマーク。
これらのアプローチを理解し、多角的な視点を持つことが、より確かな不動産投資判断への第一歩となるのです。
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