プロジェクトファイナンスの法的側面と契約戦略

プロジェクトファイナンス

これまでの記事で、プロジェクトファイナンスの仕組みや資金調達手法について解説してきました。今回は、これらの複雑なストラクチャーを法的に実現し、拘束力を持たせるための「契約実務」と「法的な考え方」に焦点を当てます。

特に、レンダー(金融機関)が融資の安全性を確保するためにどのような契約上の工夫を凝らしているのか、その本質を理解することは、我々事業者が交渉を有利に進める上で非常に重要です。


プロジェクトファイナンスにおける契約の全体像

プロジェクトファイナンスは、SPC(特別目的会社)を中心とした「契約の網」によって成り立っています。これらの契約群は、大きく以下の3つに分類できます。

契約群主な目的主な作成者
1. ファイナンス関連契約融資の条件や当事者間の権利義務関係を定める。レンダー側弁護士
2. 担保関連契約レンダーの債権を保全するための担保権を設定する。レンダー側・プロジェクト会社側弁護士
3. プロジェクト関連契約プロジェクトの建設・操業に関する具体的な業務を定める。プロジェクト会社側弁護士

ローン契約(融資契約)の主要ポイント

ローン契約(金銭消費貸借契約)は、融資の基本的な条件を定める、プロジェクトファイナンスにおける最も中心的な契約です。

貸付実行の前提条件(Conditions Precedent)

レンダーが融資を実行するための「関所」です。これらが全て満たされない限り、SPCは1円も融資を受けることができません。建設期間中に不利益な事情変更があった場合に貸付を止めたり、事業計画に従ったプロジェクトの進行に応じた貸付実行を担保する重要な機能があります。

主な貸付実行前提条件の例

  • プロジェクト諸契約(PPA, EPC, O&M等)の締結
  • FIT認定や林地開発許可など、事業に必要な許認可の取得
  • 各種専門家(弁護士、技術コンサルタント等)によるデューデリジェンス報告書・意見書の提出
  • プロジェクト資産への担保設定の完了
  • スポンサーによるエクイティの拠出
  • DSCRなどの財務指標が一定水準を満たしていること

表明保証(Representations and Warranties)

SPCがレンダーに対し、融資実行の基礎となる様々な事実(例:SPCは適法に設立されている、許認可は有効に取得済みである、訴訟は抱えていない等)が真実かつ正確であることを表明し、保証する条項です。もし表明保証に違反があれば、レンダーは融資の実行を停止したり、実行済みの貸付の即時返済を求めたりすることができます。

誓約事項(コベナンツ – Covenants)

融資期間中、SPCが遵守すべき「作為義務(~をしなければならない)」と「不作為義務(~をしてはならない)」を定めたものです。プロジェクトの価値を維持し、レンダーの債権を保全することが目的です。

  • 作為誓約の例:
    • プロジェクトを適切に建設・運営する義務
    • 事業計画を遵守する義務
    • 各種プロジェクト契約や許認可を有効に維持する義務
    • 保険を維持する義務
    • 財務諸表やDSCR計算書などを定期的に報告する義務
    • キャッシュフローを合意された優先順位(ウォーターフォール)に従って管理する義務
  • 不作為誓約の例:
    • レンダーの承諾なくプロジェクトの重要な変更や中止をしないこと
    • 計画外の追加借入や担保提供をしないこと
    • 合意された条件以外での配当をしないこと(配当制限条項)
    • 合併や事業譲渡など、SPCの組織を大きく変更しないこと

期限の利益喪失事由(Events of Default)

SPCに契約違反や信用不安が生じた場合に、レンダーが融資の残額について期限の到来を待たずに一括返済を請求できる権利(期限の利益の喪失)を発生させる事由です。

主な期限の利益喪失事由の例

  • 元利金の支払遅延
  • 重大な表明保証違反や誓約事項違反
  • クロス・デフォルト: 他の借入で債務不履行を起こした場合
  • DSCRが一定期間、規定の水準を下回り続けた場合
  • プロジェクトの建設が所定の期限までに完了しない場合
  • 事業に必要な重要な許認可の失効
  • SPCの倒産手続開始の申立て

実務上、この条項の主目的は、実際に一括返済を求めることよりも、レンダーが事業に介入(ステップイン)し、スポンサーとプロジェクト再建協議を開始するための法的な「引き金(トリガー)」として機能することにあります。


担保関連契約のポイント

プロジェクトファイナンスでは、対象プロジェクトを構成するすべての資産、権利、契約上の地位等に対して、法的に可能な限り担保設定する「全資産担保」が原則です。

担保の目的:換価価値より「ステップイン権」

一般的な融資と異なり、プロジェクトファイナンスにおける担保の主目的は、資産を売却して資金を回収すること(換価価値の把握)ではありません。なぜなら、専門性の高い発電所設備などは、単体で売却しても価値が著しく低いためです。

真の目的は、万一の場合にレンダーが事業に介入(ステップイン)し、事業を継続させるための「コントロール権」を確保することです。太陽光発電事業が頓挫しそうな時に、銀行が別の事業者を連れてきて事業を引き継がせる権利を確保する、というイメージです。

主な担保対象と日本の法制度での対応

対象資産主に用いられる担保権(日本法)
不動産 (事業用地、発電所設備)抵当権工場財団抵当権
動産 (発電設備、パネル等)譲渡担保権(集合動産譲渡担保を含む)
契約上の地位・権利 (PPA、EPC契約等)譲渡担保権質権地位譲渡予約
金銭債権 (売電収入、預金、保険金)債権譲渡担保債権質権
SPCの株式・出資持分株式質権株式譲渡担保

これらの担保権を第三者に対抗できるようにするため、登記や、債務者からの「確定日付ある証書による承諾」といった対抗要件を具備することが極めて重要です。


スポンサーサポート契約と直接協定

スポンサーサポート契約

スポンサーのプロジェクトに対するコミットメントを確保し、契約でカバーしきれないリスクを補完するための契約です。

  • 出資義務の明確化: エクイティを拠出するタイミングや、コストオーバーラン時の追加出資義務などを定めます。
  • 特定の事業リスクへの対応: 許認可の更新リスクや、FIT制度の変更リスクなど、SPC単独では負いきれないリスクに対して、スポンサーが金銭的・非金銭的な支援を行うことを約束します。

直接協定(Direct Agreement)

レンダーが、プロジェクトのキープレイヤー(電力会社、EPC業者、O&M業者など)と直接締結する契約です。

  • 契約解除の制限: SPCに契約違反があっても、相手方が即座に契約を解除できないように制限し、レンダーに問題を是正する機会(Cure Right)を与えます。
  • レンダーの介入権確保: レンダーが、必要と判断した場合に、SPCに代わって契約上の権利を行使したり、事業を引き継ぐ第三者に契約上の地位を譲渡させたりする権利を確保します。これは、前述の「ステップイン権」を実効性あらしめるための重要な法的根拠となります。

まとめ

プロジェクトファイナンスにおける契約実務は、単なる法律手続きではありません。それは、プロジェクトの将来キャッシュフローを巡る様々なリスクを予測し、それを精緻な契約条項に落とし込むことで、不確実性をコントロールする高度な戦略です。

我々事業者がこれらの法的な考え方や契約の機能を深く理解することは、レンダーとの交渉を対等に進め、予期せぬリスクからプロジェクトを守り、最終的にその成功確率を高めるために不可欠な知識と言えるでしょう。

コメント

Social Media Auto Publish Powered By : XYZScripts.com
タイトルとURLをコピーしました