【第4回・前編】実践的モデリングテクニック①:可読性向上と分析の基礎

プロジェクトファイナンス

これまでの章で財務モデリングの基礎、Excelの効率的な使い方、そしてモデルの品質を高めるフォーマットについて学んできました。この第四章では、いよいよより実践的なモデリングテクニックに踏み込みます。Excelの標準機能を巧みに活用することで、モデルの可読性、正確性、そして分析能力を格段に向上させることができます。

この前編では、モデルの分かりやすさを飛躍的に高める「名前の定義」、計算速度に影響を与える「揮発性関数」の賢い使い方、モデル間の違いを的確に捉える「差異分析」、実績データ連携を効率化する「マッピング」、そして設備投資計画の精度を上げる「Sカーブ理論」について詳解します。これらのテクニックは、日々のモデリング業務ですぐに役立つものばかりです。

「名前の定義」フル活用術:可読性向上とエラー防止の即効薬

Excelの標準機能である「名前の定義(Range Name)」は、適切に活用することで財務モデルの分かりやすさと信頼性を大幅に向上させることができます。

名前の定義 (Range Name) とは

Excelでは、特定のセルやセル範囲に対して、アルファベットの列名と数字の行番号(例: L15)の代わりに、任意の「名前」を付けることができます。

例えば、セルL15に「3」、セルL16に「5」と入力されているとします。
L15を選択し、Excelの数式バーの左にある「名前ボックス」(通常は選択セル番地が表示されている箇所)に「Apple」と入力してEnterキーを押します。同様にL16を選択し、「Orange」と入力してEnterキーを押します。
これで、セルL15には「Apple」、セルL16には「Orange」という名前が定義されました。

この状態で、別のセル(例えばL18)に数式 =Apple+Orange と入力すると、結果として「8」が表示されます。これは、実際には =L15+L16 という計算を行っているのと同じですが、数式が格段に理解しやすくなります。

名前の定義を使うメリット (1): 数式の可読性向上と参照ミスのリスク軽減

複雑な財務モデルでは、多数のシート間でセル参照が行われます。例えば、以下のような数式があったとします。

=Tax!L1089 + Finance!M589 * Assumption!C24

この数式が何を意味するのか、直感的に理解することは困難です。各セルが何を示しているのかを確認するために、参照先を一つひとつ辿る必要があります。また、Tax!L1089 が本当に意図した支払利息Aを参照しているのか、あるいは隣のセル Tax!L1090 や別のシートのセル Finance!L1089 が正しいのか、といった参照ミスのリスクも常に伴います。

ここで、各セルに名前を定義してみましょう。

  • Tax!L1089InterestExpenseA
  • Finance!M589DebtB
  • Assumption!C24InterestRateB

すると、上記の数式は以下のように変わります。

=InterestExpenseA + DebtB * InterestRateB

この数式は、「支払利息A + 負債B × 金利B」といった意味内容が非常に分かりやすくなります。さらに、セルに名前が付けられていることで、参照間違いのリスクを大幅に減らすことができます。完全に予防できるわけではありませんが、名前が正しく定義されていれば、万が一参照が間違っていた場合でも、チェックの過程で発見される可能性が高まります。

名前の定義を使うメリット (2): 数式入力の効率化と正確性向上

名前を定義すると、数式を構築する際に該当のセルを探してクリックする代わりに、名前を直接入力できます。例えば、数式バーに =ap と入力し始めると、Excelが「Apple」という名前の候補をポップアップで表示してくれます。この状態でTabキーを押すか、候補をダブルクリックすれば、自動的に「Apple」が入力されます。

これは、参照先が複数のシートにまたがっていたり、シート内の行数が非常に多かったりする場合に特に有効です。該当セルを探す手間と時間を大幅に削減し、入力ミスも減らすことができます。

名前の定義を使うデメリットと回避策

名前の定義にはデメリットも存在します。

  1. 参照先のセル番地が分かりにくい: 名前を知らない人がモデルを見ると、数式の意味が逆に分かりにくくなることがあります。また、名前がどのセルに対応しているか一目で分からないため、レビュアーが参照先を探すのに手間取ることがあります。
    • 対策: 参照先を調べたい名前が使われているセルを選択し、Ctrl + [ (左角括弧) のショートカットキーを押すと、最初の参照元セルへジャンプできます。また、サードパーティー製のナビゲーションツール(例: Arixcel)を使用すると、名前の定義に関わらず複数の参照先を簡単に移動できます。
  2. 名前の管理に技術を要する: 一度定義した名前の変更や削除は、Excelの標準機能「名前の管理(Name Manager)」で行いますが、この標準機能は操作性があまり良くありません。
    • 対策: Jan Karel Pieterse氏が作成・提供している「JKP Name Manager」という外部アドインを使用すると、名前の定義の変更や削除が容易になります。

名前の定義の実務的な方法:選択範囲から名前を作成

セルに名前を定義する方法はいくつかありますが、実務で最も効率的なのは「選択範囲から名前を作成」する機能を利用する方法です。

例えば、セルL18にAppleとOrangeの合計(例: 8)が計算されており、このセルL18に「FruitTotal」という名前を付けたいとします。

  1. まず、名前を付けたいセル(L18)の右隣のセル(M18)に、定義したい名前をテキストで「FruitTotal」と入力します。必ず右隣のセルに、余分なセルを挟まずに入力する必要があります。 L (例:値) M (例:名前) 3 Apple 5 Orange … … 8 FruitTotal
  2. 次に、名前を定義したいセル(L18)とその右隣のテキストが入力されたセル(M18)の2つのセルを選択します。
  3. Ctrl + Shift + F3 のショートカットキーを押します。
  4. 「選択範囲から名前を作成」というダイアログボックスが表示されるので、「右端列」にチェックがついていることを確認し、「OK」ボタンを押します。

これで、セルL18に「FruitTotal」という名前が定義されました。L18を選択すると、名前ボックスに「FruitTotal」と表示されるはずです。

多少のデメリットは存在するものの、それを上回るメリットがあり、デメリットを回避する手法やツールも存在するため、ワンランク上の財務モデル作成のために名前の定義の活用をぜひ検討してみてください。

「揮発性関数」の罠と最適化:モデル計算速度を維持する秘訣

財務モデルの計算速度は、特に大規模で複雑なモデルにおいて非常に重要な要素です。計算が遅いモデルは、作業効率を著しく低下させ、ストレスの原因にもなります。「揮発性関数(Volatile Functions)」は、この計算速度に大きな影響を与える可能性があるため、その特性を理解し、適切に取り扱う必要があります。

揮発性関数とは?

通常、Excelはブック内のあるセルに変更が加えられた場合、その変更が他のセルに影響を及ぼすかどうかを判定し、影響があり得る場合にのみ再計算を行います。
しかし、揮発性関数は、Excel上でいかなる変更がなされた場合でも、必ず再計算が行われる関数を指します。

例えば、代表的な揮発性関数である NOW() は、現在の日時を表示します。時間は刻々と変化するため、他のセルが変化した場合や手動で再計算を実行した場合(通常 F9 キー)に、NOW() が入力されたセルの値は毎回更新されます。
一方、=1+1 のような数式が入力されたセルは、その数式自体が変更されない限り結果は「2」のままであり、他のセルの変更によっては再計算の対象外と判定されます。

このように、ある瞬間と次の瞬間では値が異なる可能性があるとExcelに判定される関数が揮発性関数であり、再計算のたびに、揮発性関数が含まれるセルおよびその全ての参照先が再評価されます。したがって、揮発性関数を多用すると、再計算にかかる時間が長くなってしまうのです。

代表的な揮発性関数

以下のような関数が代表的な揮発性関数です。

  • NOW()
  • TODAY()
  • RAND()
  • RANDBETWEEN()
  • OFFSET()
  • INDIRECT()
  • 一部の条件下の SUMIF()SUMIFS() (後述)
  • CELL() (引数による)
  • INFO() (引数による)

基本的に上記の揮発性関数は、主に計算速度の観点から財務モデルでの使用を避けるべきです。しかし、OFFSET関数やSUMIF関数のように活用性が非常に高く、実務での使用頻度が高いものも存在します。

揮発性関数を使用する際の留意点:IF関数・フラグの戦略的活用

揮発性関数を使用する場合でも、その影響を最小限に抑えるための工夫が重要です。特に IF関数とフラグ(条件判定の結果をTRUE/FALSEで示すセル)を適切に用いることが有効です。

例えば、OFFSET関数を用いた四半期モデルの法人税等の計算を考えてみましょう。事業年度末に1年間の課税所得に税率を乗じて法人税額を計算するとします。以下は計算例です。

法人税等計算の前提と具体例

説明単位定数20212021202120212022202220222022
年度ラベル20212021202120212022202220222022
期間開始日1 Jan 211 Apr 211 Jul 211 Oct 211 Jan 221 Apr 221 Jul 221 Oct 22
期間終了日31 Mar 2130 Jun 2130 Sep 2131 Dec 2131 Mar 2230 Jun 2230 Sep 2231 Dec 22
期間番号12345678
法人税等
事業年度末フラグT/FFALSEFALSEFALSETRUEFALSEFALSEFALSETRUE
課税所得JPY 000109131135154151133108101
年間四半期数Month444444444
課税所得(年間)JPY 000510493
税率%27.00%27.00%27.00%27.00%27.00%27.00%27.00%27.00%27.00%
法人税等JPY 000138133

上記の表で、行「事業年度末フラグ」は、該当期(列)が事業年度末であればTRUEとなります(例:2021年度末は期間番号4の列)。
行「課税所得(年間)」は、事業年度末の列においてのみ、過去4四半期(年間四半期数が4の場合)の「課税所得」の合計を計算します。
行「法人税等」は、その年間の課税所得に「税率」を乗じて計算されます。

この「課税所得(年間)」を計算する際にOFFSET関数を使用する2つの方法を比較します。
仮に、上記表の2021年度(期間番号1~4)について、期間番号4の列(R列とします)の「課税所得(年間)」(R20セル)を計算する場合を考えます。

  • R18セルにはその期の「課税所得」(154)が入力されている
  • M19セルには「年間四半期数」(4)が定数として入力されている
  • R17セルにはその期の「事業年度末フラグ」(TRUE)が入力されている

とします。

  • 方法1: フラグを乗算で使用
    R20セルの数式: =SUM(OFFSET(R18,,,,0-$M$19))*R17
    この数式では、OFFSET(R18,,,,0-$M$19) の部分で、R18セル(当期四半期所得)を基準に、左に年間四半期数(M19セルに入力された「4」)マイナス1期間分のセル範囲の合計を取得しようとします (0-M19 でM19が4なら-4となり、幅が-4のオフセットとなる)。この数式を年度末の列で使うことで、当該期を含む過去4四半期分の合計を意図しています(数式の意図としては、R18を開始点として、高さ1、幅-M19の範囲の合計)。そして、その結果に事業年度末フラグ R17 (TRUEの場合は1、FALSEの場合は0として扱われる) を乗算します。
    この方法では、年度末でない四半期はフラグがFALSE (0) となるため、「課税所得(年間)」の計算結果は0になります。しかし、OFFSET関数自体は全ての列で評価されるため、例えば10年四半期モデル(40期間)であれば40回計算が実行されることになります。
  • 方法2: IF関数でOFFSET関数の実行を制御
    R20セルの数式: =IF(R17,SUM(OFFSET(R18,,,,0-$M$19)),0)
    この数式では、まず IF(R17, ... ,0) により、事業年度末フラグ R17 がTRUEの場合のみ SUM(OFFSET(R18,,,,0-$M$19)) の計算を実行し、FALSEの場合は計算を行わず単に「0」を返します。
    これにより、OFFSET関数が実際に実行されるのは事業年度末の期のみとなり、10年四半期モデルであれば10回の計算で済みます。

計算結果は方法1と方法2で同じになりますが、IF関数を使用した後者のケースでは、揮発性関数であるOFFSET関数の実行回数が大幅に削減されるため、モデル全体の計算速度の向上が期待できます。これが月次モデルであれば、その差はさらに大きくなります(例: 12倍)。
揮発性関数でない関数の使用時や、全体の計算量が少ないモデルであればここまで意識する必要はありませんが、20年や30年を超える月次モデルなど、大規模な財務モデルを扱う際には、IF関数やフラグを効果的に活用して揮発性関数の影響を最小限に留めることが常に求められます。
(なお、上記の法人税計算の例では、必ずしもOFFSET関数を使わなくても同様の結果を得る代替案も存在するため、そういった検討も重要です。)

準揮発性関数の理解:SUMIF関数のケース

関数の中には、引数の指定方法によって揮発性関数となる場合がある「準揮発性関数」も存在します。
代表例は SUMIF関数(および SUMIFS関数)です。

  • SUMIF(A1:A4,1,B1): 条件範囲(A1:A4)と合計対象範囲(B1)のセルの数が異なります。このような場合、SUMIF関数は揮発性関数として動作することがあります。
  • SUMIF(A1:A4,1,B1:B4): 条件範囲と合計対象範囲のセルの数が一致しています。この場合、SUMIF関数は通常、揮発性関数としては動作しません

このような違いを理解しておくことで、不必要な揮発性関数の使用を避け、モデルの計算パフォーマンスを維持することが可能です。

活用性の高いOFFSET関数やSUMIF関数といった実務で頻出する揮発性(または準揮発性)関数については、その特性と使用上の留意点を正確に理解した上で、モデルの計算速度への影響を考慮しつつ有効活用していくことが求められます。

「差異分析」の実践的手法:複数モデル間の違いを的確に把握する

財務モデルは、一度作成したら終わりではありません。事業環境の変化、前提条件の見直し、あるいは複数の関係者がそれぞれ独自の視点でモデルを構築するケースなど、複数のバージョンのモデルが存在し、それらの間で差異が生じることは珍しくありません。特に、一つの案件に対して複数のスポンサーが共同出資を検討している場合などでは、各スポンサーが個別に財務モデルを構築し、独立した視点で採算性を分析することがよくあります。このような状況で、各モデル間のアウトプットの差異を効率的かつ的確に分析する手法を理解しておくことは非常に重要です。

差異要因の分類:入力前提 vs 計算前提

仮に、比較する複数の財務モデルのアウトプット項目(例:IRR、NPV、主要な財務数値)が同じであると仮定した場合、それらの値に差異が生じる要因は、大きく分けて以下の2種類に分類できます。

  1. 入力前提の違い:
    財務モデルにおける入力前提とは、計算の元となる単価、数量、インフレ率、税率、割引率といった直接入力される値のことです。当然、2つのモデルで異なる入力値が用いられていれば、計算結果も異なります。これは比較的発見しやすく、理解しやすい差異要因です。
  2. 計算前提(計算ロジック)の違い:
    差異分析において、より複雑で発見が難しいのが計算前提、つまり計算ロジックの違いです。同じ事業を対象としているにも関わらず、モデル作成者の考え方や採用する計算方法によって、アウトプットに大きな差異が生じることがあります。
    例えば、
    • 発電設備の効率劣化を考慮する際に、あるモデルでは「前年の効率 – 0.1%」と絶対値で計算し、別のモデルでは「前年の効率 × (100% – 0.1%)」と率で計算する場合、微妙に計算結果が異なります。長期間にわたる計算では、この差が積み重なることもあります。
    • ある費用項目について、一方のモデルではP/L上で費用計上し、もう一方のモデルでは資産計上して減価償却を行うという会計方針の違いがある場合。
    • 計算の精緻化の度合いの違い(例:あるモデルでは簡略化されたロジック、別のモデルではより詳細なロジックを採用)。
    • 建設期間中の支払利息(IDC: Interest During Construction)について、一方では費用計上し、もう一方では固定資産の取得原価に含めて計算している場合など。

差異分析の実務的なステップ

差異の要因を特定するためには、闇雲に数値を比較するのではなく、体系的なアプローチが必要です。

ステップ1:総額比較 ― まずは森を見る

特定の項目(例:減価償却費)で2つのモデル間に大きな差異が見つかった場合、多くの人はすぐに毎期(各年)の金額を比較しがちです。しかし、差異分析の第一歩として推奨したいのは、プロジェクト期間全体の総額を比較することです。

例えば、減価償却費の総額に差異がある場合、考えられる要因は多岐にわたります。

  • そもそも設備投資の金額そのものが異なる可能性。
  • 固定資産の取得原価に算入されている費用項目(付随費用など)が異なる可能性。
  • 建設中の支払利息(建中利息)の会計処理方針の違い(費用処理か資産計上か)。

総額を比較することで、以下のような洞察が得られます。

  • 差異が無視できるレベルなのか、それとも重要な差異なのか、金額の多寡を正確に把握できます。
  • どのあたりに差異の主要因がありそうか、仮説を立てやすくなります。例えば、建設中の金利支払額の総額と、減価償却費の総額差異がほぼ一致していれば、建中利息の会計処理方針の違いが原因である可能性が高いと推測できます。また、一方のモデルで減価償却費の総額が小さいにも関わらず、固定資産除却損が大きく計上されていれば、償却年数や残存価額の設定に違いがあるのかもしれません。

このように、各年の詳細な金額を見る前に総額で比較することで、大局を見失わずに効率的に仮説を立てることができます。

ステップ2:タイミング比較 ― 差異の発生源を探る

総額である程度のあたりをつけ、大きな論点(例えば、建中利息の処理方法が異なり、それを揃えたなど)を解消できたら、次に各年の金額差異について分析を行います。

ここで重要なことは、可能であれば、事業計画期間のできるだけ早い時期に発生している差異に着目することです。差異の金額の大小に最初はあまりこだわらず、差異が発生した最も初期のタイミングに注目します。

例えば、1年目から5年目までは大きな差異が見られないものの、6年目に突然大きな差異が発生しているケースを考えてみましょう。多くの人は6年目の差異に注目して分析を開始しがちですが、より効率的なのは、たとえ小さな差異であっても1年目から分析を開始することです。

なぜなら、年数が経過すればするほど、様々な計算要素が積み重なり、差異の要因が複合的になっている可能性が高まるからです。要因分析という観点からは、運転開始1年目から3年目といった初期の差異を中心に分析することで、根本的な計算ロジックの違いや初期の入力前提の違いを発見しやすくなります。

これらのステップを通じて、体系的かつ効率的に差異の原因を特定し、モデル間の整合性を高める、あるいは差異の理由を明確に説明できるようになることを目指しましょう。

「マッピング」によるデータ連携:実績更新を効率化する勘定科目対応術

財務モデルは、一度作成したら終わりではなく、特に事業が開始された後は実績値を取り込み、予実管理や将来予測の精度向上に活用していくことが求められます。その際、投資検討段階で作成したモデルと、事業管理段階で経理システムなどから出力される実績データの勘定科目体系が異なることは頻繁にあります。この問題を解決し、スムーズなデータ連携を実現する上で重要なテクニックが「マッピング」です。

財務モデリングにおけるマッピングとは

財務モデリングにおけるマッピングとは、端的に言えば、異なる勘定科目体系間でのデータの対応関係を設定することを指します。これはデータベース管理の用語であるデータマッピング(データベース間でフィールドを一致させるプロセス)に似ています。要は、2つの異なるリスト(この場合は勘定科目リスト)があり、それぞれの項目がどのように対応するのかを整理する作業です。

投資検討モデルから事業管理モデルへの移行における課題

投資検討時に作成される財務モデル(投資モデル)では、利用可能な情報の制約や分析の目的に応じて、ある程度集約された勘定科目(例:販管費の内訳として人件費、広告宣伝費、その他販管費の3区分のみ)が用いられることが一般的です。
一方、事業管理段階で用いられる実績データは、会計システムから出力される詳細な勘定科目(例:人件費が給与、賞与、福利厚生費、雑給などに細分化されている)に基づいています。

このため、投資モデルをそのまま事業管理モデルとして継続利用しようとすると、実績値をモデルの勘定科目に合わせて集計・変換する作業に多大な時間と手間がかかってしまいます。この調整作業が、予実管理のボトルネックになることも少なくありません。

マッピングの具体例とメリット

マッピングは、この勘定科目の不一致問題を解決する強力な手段です。財務モデル内にあらかじめ勘定科目の対応関係を設定できる仕組み(マッピングテーブルやマッピングロジック)を構築しておくことで、実績データを取り込んだ際に、自動的にモデルの勘定科目に割り振ることができます。

以下に簡単な例を示します。

投資管理モデルの勘定科目事業管理モデル(実績)の勘定科目マッピングによる対応付け
1. 売上原価A. 材料費・加工費A. 材料費・加工費 → 1. 売上原価
2. 販売管理費B. 広告宣伝費B. 広告宣伝費 → 2. 販売管理費
C. 業務委託費C. 業務委託費 → (例えば) 2. 販売管理費
3. 人件費(実績では細分化)(実績の給与、賞与などを集計) → 3. 人件費
4. その他経費D. 租税公課D. 租税公課 → 4. その他経費

上記の例は非常にシンプルですが、実務では試算表(Trial Balance)から実績をアップデートすることも多く、その場合、補助科目まで含めると100以上の科目を扱うこともあります。これらの多数の実績科目を、モデルの標準的な勘定科目(例えば10~20個程度)へ対応付けるマッピングテーブルを事前に構築しておくことで、実績値の入力や更新作業を大幅に効率化し、ヒューマンエラーのリスクを低減することができます。

このように、マッピングは、モデルの継続的な活用と予実管理の精度向上に不可欠なテクニックと言えるでしょう。

「Sカーブ理論」によるCAPEXモデリング:設備投資スケジュールの精度向上

石油・ガス採掘プロジェクトや大規模インフラプロジェクトなど、建設期間が長期にわたる事業の財務モデルにおいて、設備投資(CAPEX)の支出スケジュールを精密に予測・モデル化することは非常に重要です。このような場合に用いられる一般的な理論の一つに「Sカーブ理論」があります。(なお、LNG価格の契約などに用いられる価格決定式もSカーブと表現されることがありますが、ここではあくまでCAPEXに関する議論です。)

プロジェクトフェーズと一般的なCAPEX負担比率

大規模プロジェクトは、一般的に以下のようなフェーズを経て進められます。各フェーズにおけるCAPEXの負担比率はプロジェクトの特性により異なりますが、典型的な傾向として、EPCフェーズに支出が集中します。

  1. FS(フィージビリティ・スタディ)フェーズ:
    事業の実現可能性調査。最小限のリソース投入で検討が実施されます。
  2. FEED(フロントエンド・エンジニアリング・デザイン)フェーズ:
    詳細設計段階。約1年に及ぶこともあり、相当の人的工数が要求されます。多くのケースで、このタイミングで最終投資意思決定(FID: Final Investment Decision)が行われます。
  3. EPC(設計・調達・建設)フェーズ:
    実際の建設工事が行われる段階。大部分のCAPEX(全体の80%~90%を占めることも)がこのフェーズで投下されます。
  4. 試運転フェーズ:
    EPCフェーズがほぼ完了したタイミングで行われる生産テスト。ここでのCAPEX投下は限定的です。

これらのCAPEX支出の累計額を時系列でグラフにすると、初期は緩やかに立ち上がり、中盤で急激に増加し、終盤で再び緩やかになる「S」字型のカーブを描くことが一般的です。このため、この支出パターンをモデル化する理論をSカーブ理論と呼びます。

Sカーブ理論を財務モデルに表現するための数式とパラメータ

Sカーブ理論を財務モデルに具体的に落とし込むためには、主に以下の2つの数式といくつかのパラメータが必要になります。

数式:
Sカーブの累積支出額 $f(x)$ は、一般的にロジスティック関数の一種で表現されます。

  1. $f(x) = C \times \frac{1}{1 + e^{-x}}$
  2. ここで、 $x = -\frac{t}{2} + \frac{t}{p} \times n$

($e$ はネイピア数で、Excelでは EXP() 関数を用いて計算できます。)

パラメータ:

  • C (総コスト): 見積りの総設備投資額を使用します。(厳密には調整係数を加味することもありますが、ここでは省略します。)
  • t (t係数): Sカーブの形状(傾きの急峻さ)を決定する係数です。値が小さいほど、カーブは平坦な形状(均等な発生スケジュールに近い)になります。EPCフェーズにおける資金拠出負担の実態を反映するため、通常は10~14の範囲で設定されることが多いです。t係数が大きいほど、S字のカーブは急になります。
  • p (期間の長さ): CAPEXが発生する総期間を示します。例えば、建設期間が4年間で、その期間の支出を月次モデルでSカーブに反映したい場合、p = 4年 × 12ヶ月/年 = 48 となります。建設遅延などの感度分析を行いたい場合は、このpの値を調整します。
  • n (モデル期間番号): 建設開始時点(またはSカーブ適用開始時点)からの経過期間番号です。例えば、月次モデルであれば、建設開始1ヶ月目は n=1、2ヶ月目は n=2 となります。

これらの数式は、ネイピア数 $e$ を使う点(ExcelのEXP関数)が少し難しく感じるかもしれませんが、それ以外は基本的な四則演算であり、財務モデルに比較的容易に組み込むことが可能です。

Sカーブ理論を用いたシミュレーションの有用性

一度Sカーブのロジックを財務モデルに組み込んでしまえば、プロジェクト期間において発生しうる様々な事象に対応するシミュレーションが可能になります。例えば、

  • コストオーバーラン: 総コストCの値を20%増加させる。
  • 建設期間の延長: 期間の長さpの値を6ヶ月延長する(例:48ヶ月→54ヶ月)。
    これらのパラメータを1つずつ変更するだけで、それぞれのシナリオにおけるCAPEX支出スケジュールの変化を簡単にシミュレーションできます。

もちろん、実際の詳細な支出スケジュールが利用可能になれば、その数値を直接財務モデルに入力するのが最も正確なキャッシュフローモデル作成方法となります。しかし、そのような詳細データがまだ揃っていない初期的な検討段階や、上記のようなコストオーバーランや建設遅延による影響を分析する感度分析を実施する際には、Sカーブ理論を用いたCapexスケジュールの作成とシミュレーションは非常に有用なアプローチです。

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