プロジェクトファイナンスにおける資金調達の核心部分である「融資関連契約」に焦点を当てます。これらは主に、プロジェクトのSPC（特別目的会社）と融資を行う金融機関（レンダー）との間で締結される契約です。
1. 融資関連契約の全体像
融資関連契約は、プロジェクトへの資金供給とその回収、関連するリスク管理を定めるもので、多岐にわたります。
| 契約名称 | 当事者 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 限度貸付契約 (金銭消費貸借契約) | ・ SPC ・ 担保権者 (レンダー/スワッププロバイダー/エージェント) ・ アレンジャー | ・ 貸付条件、返済方法 ・ 表明保証、誓約事項 (コベナンツ) ・ 期限の利益喪失事由 ・ キャッシュフロー管理規定 |
| 金利スワップ契約 (基本契約/個別約定書) | ・ SPC ・ スワッププロバイダー | ・ 金利変動リスクのヘッジ (金利を固定化) |
| 担保関連契約 | (次項で詳述) | ・ プロジェクト資産全体に対する担保設定 |
| 担保権者間契約 | ・ 担保権者 | ・ 担保権者間の意思決定ルール (多数貸付人決定事項と全貸付人決定事項がポイントに) ・ 担保実行時の手続ルール |
| スポンサーサポート契約 | ・ スポンサー ・ SPC ・ 担保権者 | ・ スポンサーの出資義務 ・ スポンサーサポート条項 (スポンサーによるプロジェクト支援に関する条項) |
| 直接協定 | ・ SPC ・ 担保権者 ・ プロジェクト関連契約の相手方 | ・ プロジェクト関連契約の変更・解除等の制限 ・ プロジェクト関連契約の相手方・担保設定の承諾 ・ 倒産不申立、責任財産限定特約、強制執行等不申立、相殺禁止、法定担保権の放棄 |
これらの契約が一体となって、プロジェクトファイナンスの枠組みを形成します。
2. ローン契約の主要ポイント
ローン契約（限度貸付契約）は、融資の基本的な条件を定める中心的な契約です。プロジェクトファイナンスでは、限度貸付・長期貸付期間・変動金利が典型です。
- 貸出方法
建設中のプロジェクトコストの機動的な支出に対応するため、貸付限度額（貸付枠）の範囲で繰り返し借入可能な「限度貸付契約」が一般的です。プロジェクトコストには、EPC代金、建設予備費／開業費用、建設中の運営費用／公租公課、保険料、地代／建設中利息、その他金融費用が含まれます。 - 貸付期間・返済方法
他のローンに比べて長期（10～20年）が多く、分割返済（元金不均等返済／元金均等返済／元利均等返済）が一般的です。太陽光発電事業の事業期間に合わせます。 - 資金使途
主に発電所建設資金（建設中金融コスト、開発費用等）や、シニアローン：プロジェクトコスト支払（建設中ローン）、消費税ローン：仮払消費税支払（還付までのつなぎ資金）です。 - 金利
変動金利が多いですが、金利スワップ契約で固定化するのが一般的です。
以下、ローン契約における特に重要な条項を見ていきます。
(1) 貸付実行前提条件
レンダーが貸付を実行するための前提条件です。これらが満たされない限り、SPCは融資を受けられません。建設期間中に不利益な事情変更があった場合に貸付を停止したり、事業計画に従ったプロジェクト進行に応じた貸付実行を担保する機能を果たします。
主な貸付実行前提条件の例
- プロジェクト関連契約の締結、必要な許認可の取得
- 監査済みCFモデル提出、コンサルタントレポート提出
- 担保設定完了
- 書類提出（借入人・スポンサー関連書類、関連契約写し、専門家レポート、事業用地書類等）
- 関連契約の表明保証違反・義務違反の不存在
- 期限の利益喪失事由・潜在的期限の利益喪失事由の不存在
- スポンサーによる出資または劣後ローンの実行
- 一定水準を満たすD/Eレシオ・予想カバーレシオ（DSCR、LLCR）
- コストオーバーラン・タイムオーバーランの不存在
- （EPC契約の完工・引渡後）「プロジェクト完工」に至ったこと
- 重大な悪影響の不存在 (MAC/MAE条項)
太陽光発電事業では、FIT認定取得、土地確保、主要契約（PPA、EPC契約等）の締結などが前提条件になります。
(2) 表明保証
貸付人による貸付実行の根拠となる事実を借入人が真実かつ正確であると表明・保証します。レンダーとSPC間でリスクを分担する機能があります。表明保証の基準時は、融資契約締結時、（借入申込時）、貸付実行時が一般的です。表明保証違反の効果として、未実行貸出の実行前提条件不充足、実行済み貸出の期限の利益喪失事由構成、表明保証違反に基づく損害賠償義務などがあります。
表明保証の項目例
- 借入人の法的設立など一般的事項
- 適法・有効な設立・存続
- 関連契約締結・履行権限保持、内部手続完了
- 法令等、定款・内部規則および他契約との整合性
- 許認可等の取得・届出・維持
- 関連契約の適法性・有効性・執行可能性
- 担保権の有効性・対抗要件具備
- 事業計画の合理的策定・正確性・完全性・内部承認
- 計算書類の正確性・完全性
- 情報の正確性・完全性
- 訴訟、紛争、環境問題、住民運動の不存在
- 反社会的勢力、反社会的行為の不存在
- 重大な悪影響の不存在 (MAC/MAE条項)
表明保証違反があると、レンダーは融資停止や即時返済を求めることができます。
(3) 誓約事項（コベナンツ）
SPCが貸付人に対して一定の作為・不作為義務を負う条項です。事業計画に従ったプロジェクト運営の確保やモニタリング機能を持ちます。誓約事項の存続期間は、融資契約締結から全貸出完済までです。違反時は、未実行貸出の実行前提条件不充足、実行済み貸出の期限の利益喪失事由構成、損害賠償義務などが生じます。
誓約事項の項目例
- 財務報告・義務報告
- 財務諸表、予算・事業計画、DSCR計算書
- プロジェクト関連契約に基づく報告書
- 期限の利益喪失事由発生報告
- 作為誓約 (列挙事項遵守)
- 単一事業会社としての存在維持
- プロジェクト維持・良好運営
- 事業計画遵守
- 関連契約維持・遵守
- 保険維持
- 担保権・対抗要件維持、取得資産への担保設定
- 法令遵守、許認可維持
- 金利ヘッジ取引実施
- ウォーターフォールに従ったCF管理
- 四半期毎の工事進捗レポートや操業レポート提出
- CFモデル予測アップデート・承認手続き
- 不作為誓約 (禁止事項)
- 関連契約の（レンダー承諾なく）変更・解除等
- プロジェクトの重要変更・放棄
- 事業計画外の借入、設備投資・売却（プロジェクト資産処分制限）
- 配当条件未遵守の配当（配当制限条項）
- 追加借入・担保差入の制限、合併等の制限
- 組織変更・合併等
- 環境基準遵守
- 一定の出資維持条項
太陽光発電事業では、発電設備の適切な維持管理、売電契約遵守、事業計画逸脱禁止などが誓約事項に含まれます。
(4) 期限の利益喪失事由（失期事由）
貸付人の債権保全のため、プロジェクト/SPCの信用が悪化した場合に、返済期限を待たずに貸付の期限の利益を喪失させる事由です。
- 当然失期事由
自動的に期限の利益を失うもの（例：借入人の倒産申立て、支払停止、手形・小切手不渡り、借入人解散、プロジェクト全部放棄など）。 - 請求失期事由
レンダー請求により期限の利益を失うもの（例：融資契約支払債務不履行、表明保証・義務違反、クロスデフォルト、DSCRテスト抵触、事業用地権原喪失、保有資産差押え・収用、担保・保証効力喪失、許認可失効、対象施設損壊、プロジェクト停止・一部放棄、関連契約終了、最終完工期限までに完工しないなど）。
プロジェクトファイナンスでは、期限の利益喪失後もSPCに十分な返済原資がないため、主に担保実行によるステップイン／スポンサーとの再建協議のトリガーとして機能します。事業再建可能な水準で設定することが重要です。
(5) 財務コベナンツ（DSCR、LLCR、D/Eレシオ）
プロジェクトから生じるCF余裕度を測る指標が重要です。
- DSCR (Debt Service Coverage Ratio: 元利金返済余裕率)
予測DSCRが貸付実行前提条件となり、一定水準を下回ると期限の利益喪失事由を構成。一定水準を上回るとスポンサー配当が可能。 - LLCR (Loan Life Coverage Ratio: ローンライフカバー率)
融資期間全体を通じたCFと融資残高の比率。長期的返済能力を示す。 - D/Eレシオ (Debt Equity Ratio: 負債資本倍率)
前提条件、期限の利益喪失事由、配当条件を構成する点ではDSCRと同様。
これら指標は、貸付実行前提条件、期限の利益喪失事由、スポンサー配当条件（財務制限条項）に使用されます。
(6) 資金管理規定（ウォーターフォール）と配当条件
借入人が調達した資金やプロジェクトCFは、すべて貸付人が開設するプロジェクト口座で管理され、出入金や支払順序は合意内容に従い、貸付人が管理します。資金管理規定は、口座の種類と資金移動（充当順位）を定めます。
ウォーターフォールのイメージ（COD：商業運転開始後）
- 収入口座（CF受領 ※保険金は別口座で管理）
- → 公租公課支払口座 → 公租公課支払
- → 費用支払口座 → 地代、保険料、O&Mコスト等支払
- → 元利金支払口座 → 元利金返済
- → 元利金積立口座 → 元利金返済リザーブ (DSRA：Debt Service Reserve Account、元利金返済リザーブ6ヶ月など)
- → 各種積立口座 → コンティンジェンシーリザーブ等積立
- → リリース口座 → スポンサー配当等支払
プロジェクト継続性確保のため、重要コストから優先支払されるよう設定。スポンサー配当や株主劣後ローン元利払等は最劣後です。加えて、配当条件（リリース条件）の充足が必要です。
配当条件（リリース条件）の項目例
- プロジェクト完工到来
- DSCRテスト充足
- D/Eレシオ維持
- 初回元本返済期日の到来
- 期限の利益喪失事由・潜在的期限の利益喪失事由の不存在
- 上位ウォーターフォール支払・積立の完了
3. 担保関連契約のポイント
プロジェクトファイナンスでは、対象プロジェクトを構成するすべての資産、権利、契約上の地位等に対して法的に可能な限り担保設定する「全資産担保」が原則です。
- 目的
プロジェクト継続性確保（ステップイン権確保）と、第三者による差押え等で資産散逸を防ぐ。セキュリティパッケージ構築は、担保換金価値ではなく事業継続に必要な資産・契約上権利の確保が目的です。 - 特殊性
将来CFのみを返済原資とする融資であり、貸付人はSPC資産売却で回収できず、プロジェクト継続で回収を図る必要があります。 - 要否判断はケースバイケース
担保設定が困難な資産（公共団体有する資産、承諾困難、第三者権利設定等）や、プロジェクトの重要性・代替可能性を考慮し判断します。
主な担保対象資産と担保権の種類、対抗要件
担保対象例は以下のとおり。太陽光発電では、土地、建物、発電設備、売電契約（PPA）上の権利、SPC株式等が含まれます。
| 対象資産 | 主に用いられる担保権 | 対抗要件 |
|---|---|---|
| ■ 不動産 (事業用地、発電所設備) | ||
| 土地 (所有権) | 抵当権／工場財団抵当権 (登録免許税：抵当権=被担保債権額/極度額の0.4%、工場財団抵当権=被担保債権額/極度額の0.25%) | 登記 |
| 建物 (所有権) | 同上 | 同上 |
| 地上権 | 同上 | 同上 |
| ■ 動産 (発電所設備、燃料等) | ||
| 動産 (※1) | 譲渡担保権 | 引渡し／動産譲渡登記 |
| ■ 契約上の地位 (プロジェクト関連契約) | ||
| 契約上の地位 (※2) | 譲渡予約 | 確定日付ある承諾 |
| ■ 債権 | ||
| 金銭債権 (関連契約、預金、保険金) | 質権／譲渡担保権 | 確定日付ある通知／承諾 |
| 不動産賃借権 | 質権 | 確定日付ある承諾＋付記登記 (実務上は担保設定の付記登記が一般的) |
| ■ エクイティ等 (※) | ||
| 株式 | 質権 | 株券あり：株券占有＋株主名簿 株券なし：株主名簿 |
| 合同会社社員持分 | 質権 | 確定日付ある承諾 |
| 匿名組合出資 | 質権 | 確定日付ある承諾 |
| 劣後ローン | 質権 | 確定日付ある承諾 |
- ※1 動産譲渡担保 (個別動産または集合動産)
集合動産：倉庫等で日々搬入・搬出繰り返される動産を一体とみなし担保権設定・対抗要件具備可能。個別に設定不要（ただし動産の種類・場所・量を特定する必要あり）。 - ※2 契約上の地位に関する地位譲渡予約契約
契約に基づく債権・債務ではなく、契約当事者の地位自体を担保に取る手段。プロジェクト運営に必須、かつ代替性乏しい契約でステップイン権を確保。 - ※ エクイティに対する担保設定要否
エクイティ権利は貸付人の債権に劣後するため担保設定必要性は乏しいが、防御的機能・ステップイン権確保の趣旨で担保設定されることが多い。
対抗要件
担保権設定という権利関係を当事者外（管財人等含む）に主張（対抗）するための要件です。担保権設定し対抗要件具備して初めて第三者に優先地位を確保できます。対抗要件の類型は以下のとおりです。
- 不動産：登記
- 動産：登記または引渡し
- 債権：確定日付ある債務者の承諾／通知（または登記）
仮登記は順位保全効を持つが対抗力がなく、担保権実行時には本登記が必要です。
債務者（プロジェクト関連契約の相手方）の承諾の意義
債権や契約上の地位を担保とする場合、契約相手方（債務者）の承諾を得ることが重要です。
- 対抗要件
通知でも代替可能ですが、事前（譲受人特定前）承諾の有効性に疑義があるため、担保設定時に改めて承諾書取得が必要な場合があります。 - 譲渡制限の解除
賃借権、債務、契約上の地位等は相手方の承諾なく譲渡不可。担保設定承諾規定（プロジェクト関連契約にレンダー承諾条項を設ける）で事前承諾を確保。
賃借権担保は対抗要件として地権者承諾書が必要。実務上、賃借権登記がある場合は担保設定の付記登記を行うのが一般的。
4. スポンサーサポート契約のポイント
スポンサーのコミットメント確保と、SPCに残るリスクカバーが目的です。「スポンサー覚書」や「確認書」と呼ばれる場合もあります。
| 主要項目 | ポイント |
|---|---|
| 出資義務 | ・ 出資履行タイミング（エクイティファースト、ローン実行とのプロラタ） ・ 出資全額履行前にSPCデフォルト発生時、残り出資義務を履行する義務 |
| サポート対象範囲 | ・ リスク分担結果、SPCに残るリスクに対しスポンサーがサポート（実現時の追加費用、追加出資義務、協力義務等） ・ リスク所在は事業ごとに異なるためケースバイケース <サポート事項例> 土地利用権原確保リスク、許認可更新リスク、バイオマス発電所燃料調達リスクなど。スポンサーの金額上限付きサポート等 |
| 誓約事項 (コベナンツ) | ・ スポンサーが主体的・継続的に関与することを確保するため以下を規定 – SPCの出資構成・出資比率維持 – プロジェクト放棄禁止 – プロジェクト運営協力 (株主権行使、SPC人員派遣等) – 重大な悪影響発生時の解決措置義務 |
5. 直接協定（Direct Agreement：DA）のポイント
プロジェクト継続性確保とレンダーのステップイン権確保が目的で、プロジェクト関連契約の相手方が貸付人に直接義務を負うものです（担保設定承諾書で代替する場合もあります）。
| 主要項目 | ポイント |
|---|---|
| 担保設定の承諾、担保実行への協力 | ・ レンダーによる担保設定承諾だけでなく、担保実行時に対抗要件具備を含めた必要な協力を行う旨を規定 |
| プロジェクト関連契約の解除等制限 | ・ DAの相手方を当事者とする関連契約変更・解除等を行う際、事前にレンダーへの通知・協議・承諾取得を要する旨を規定し、契約解除等を制限 |
| レンダーによる治癒権 (Cure Right) | ・ 貸付人による解除事由是正の権利を定めることがある。SPCが契約違反しても、レンダーが是正機会を得られるようにする仕組み |
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